vol.6 クリスマスに菓子はつきもの。ドイツのシュトレンとクリスマスクッキーの歴史。
シュトレン(Stollen)とは
クリスマスには菓子がつきものであるが、ドイツで代表的なクリスマス菓子の一つはシュトレン(Stollen)である。シュトレンという言葉は、柱、棒状のもの、を意味している。もともとはシンプルな棒状のパンであったとされ、修道院でクリスマス前の断食の時期に食べていたものに由来すると考えられている。次第に町のパン職人も焼くようになり、現存する最古の資料として、ナウムブルクで1329年にパン職人ギルドに対して出された特許状にシュトレンという言葉が登場する。
断食の時期、肉や乳製品の摂取は禁じられていた。そのため中世のシュトレンには菜種油が使われていたが、味は満足のいくものではなかった。ザクセン選帝侯が1470年ローマ教皇インノケンチウス8世に断食の規定の改定を請願し、シュトレンにバターの使用が認められる。ザクセンだけでなくミュンヘンでも1479年にバター使用の許可が下りている。
現在シュトレンの本場とされるのはドレスデンである。第2アドヴェント前の土曜日に旧市街で行われるシュトレン祭りも人気だ。ドレスデンシュトレン保護協会によりドレスデンシュトレンはEUの地理的表示保護※ に登録され、製法や文化が守られている。1730年ザクセン選帝侯アウグスト強王が大規模な軍事演習を催し、そこへ巨大なシュトレンを作らせ参列者に振る舞ったという史実から、ドレスデンがシュトレンの町として位置づけられるようになった。ドレスデンのシュトレンはドイツ国内はもちろん海外へも輸出され、有名で人気が高い。
※地理的表示保護:その地域ならではの自然的、人文的、社会的な要因の中で育まれてきた品質、社会的評価等の特性を有する産品の名称を、地域の知的財産として保護する制度。(農林水産省HPより抜粋)
11月になるとパン・菓子店、大手メーカーのシュトレンが出回るが、手づくりをする人も多い。お祖母ちゃん、お母さんから習ったという人もいるし、自分ではつくらないが、毎年お祖母ちゃんまたはお母さんお手製のシュトレンが届くという人もいる。海外赴任や留学をしている人もドイツの実家からシュトレンが届くのは嬉しいようだ。
日本でも年々シュトレンの認知度が高まるとともに、焼く店やバリエーションが増えている。日本ではドイツの粉を扱う製粉会社やドイツのパン菓子を焼く店やそれらのグループが地道につくってきたが、パンブームが起こると共に注目を浴び徐々に知られるようになっていったという。最近は日本独自のシュトレンブームがあるように見え、使う食材も豊富である。
ドイツのクリスマス菓子
他にもドイツにはクリスマスに食べるお菓子がある。レープクーヘンやクリスマスクッキーなどだ。レープクーヘンは、古代から食べられていた蜂蜜と粉でつくったパン菓子が元になっているお菓子で、小麦粉、卵、バター、蜂蜜、スパイスをあわせて捏ねた生地を、近世までは木の板を彫ってつくった形で様々なモチーフをつけて焼いたものである。地方により独自のレープクーヘンがあり、アーヘンのアーヘナー・プリンテン、ニュルンベルクのニュルンベルガー・レープクーヘン、オッフェンバッハのプフェファーヌス、プルスニッツのプフェファークーヘンなどである。童話ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家はこのレープクーヘンの家であり、クリスマスには家庭で生地からお菓子の家をつくる人もいる。
家庭でつくるクリスマス菓子といえば、クリスマスクッキーも欠かせない。アドヴェントの週末を利用して家族でクッキーを焼く家庭も多い。焼くクッキーの種類は限りなくあるが、典型的かつ人気のクリスマスクッキーは、三日月形で粉糖をまぶしたヴァニレキプフェル、星型にくり抜いて焼いてヘーゼルナッツパウダーを砂糖とメレンゲと混ぜアイシングを塗ったツィムト・シュテルン(シナモンの星)、ココナッツをメレンゲと混ぜ合わせて焼いたココスマクローネン(ココナッツマカロン)が代表的で、その他ジャムをはさんだシュピッツブーベン、ココア生地とあわせたアイスボックスクッキー、あるいはシンプルなクッキー生地を伝統的な型で抜いたシュペクラツィウスや、クリスマスツリーや星型などにくり抜いて焼くものなど多種多様にある。
昔、クリスマスツリーにはレープクーヘンやリンゴ、ナッツ、ドライフルーツなどをつるしていて、徐々に砂糖菓子やクッキー、星などの装飾的な飾りが増えていった。卵にアニスや砂糖を加えた生地を焼いたシュプリンガーレも、キリスト教のモチーフなどを型抜きした美しい菓子で、プレゼントやクリスマスツリーの飾りにした。なぜクリスマス時期にクッキーを焼くのか、については諸説あるようだが、祝祭の時にパンや菓子のようなものを焼く伝統はゲルマン人にもあったという。修道院ではホスチア(聖別用の薄いパン)を焼く時十字などの模様を入れていたが、クリスマスの時には特別の模様を入れたり工夫したという。それがレープクーヘンやシュペクラツィウス、シュプリンガーレといった菓子に宗教的なモチーフや模様を入れることに繋がっていったという説もある。また、クッキーは日持ちするため、寒く長いドイツの冬に貯蔵しておく食品としてぴったりだった、という事情も反映していると考えられる。
森本さんはこんな人
Tomoko Morimoto 森本智子
株式会社エルフェン 代表取締役。
ドイツの食に関わる仕事に携わる。ドイツ食文化、特にパン、ビールなどについてセミナーや執筆なども手掛ける。ドイツ、ドゥーメンスアカデミーのビアソムリエ資格を持つ。
著書多数。『ドイツパン大全』(2017年、誠文堂新光社、2018年グルマン世界料理本大賞パン部門優勝)、『ドイツ菓子図鑑』(2018年、誠文堂新光社)、『カタコト・ドイツ語ノート』(2013年、国際語学社)、共訳に『ビア・マーグス-ビールに魅せられた修道士』(2021年、サウザンブックス)。
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