「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.35 ラトビア人の叡智の結晶、民謡「Dainas(ダイナス)」

ラトビア人は自らを「歌う民」と呼びます。世界に誇る合唱文化、老いも若きも楽しむあらゆるジャンルの音楽の存在など、理由はいろいろありますが、民謡「Dainas(ダイナス)」(※Daina/ダイナの複数形)がその背景にあることは間違いありません。実際ラトビアで過ごしていると、ラトビア人の暮らしには「衣・食・住」に「音楽」が入っていると感じます。
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ラトビアの人々の日常が記録された4行の詩歌
Dziedot dzimu, dziedot augu,
Dziedot mūžu nodzīvoju,
Dziedot nāvi ieraudziju
Paradizes dārziņâ.
歌いながら生まれ
歌いながら育ち
歌いながら人生を生き抜き
歌いながら天国の庭で死を見た。
これは有名なダイナの一つで、歌と共に生きるラトビア人の人生観がよく表れています。
さて、そのダイナとは、何世紀にも渡って口承で伝えられてきた短い詩のことで、もともと農耕民族であったラトビアの市井の人々の日々の暮らしが謳われています。ダイナスには、農作業や家畜のこと、誕生や結婚、お葬式などの冠婚葬祭、夏至祭や冬至祭といった年中行事、四季や自然のこと、それらのすべてが詰まっていて、先人たちの知恵や生活の様子を後世に伝えるラトビア人の叡智の結晶であり、アイデンティティーの象徴なのです。
ダイナは4行で綴られることが多く、ときに韻を踏みながら、一見すると短歌のように簡潔に表現されています。ですが、表面的には普通の単語であっても象徴的に使用されている場合が多く、字面からは分からない含蓄があります。さながらラトビア人にだけ伝わる暗号のようで、その本来の意味がわかったときに深い感動を覚えます。
Nosaskatu ganidama,
Ozols liepu sveiķinaja;
Ozolam raibi cimdi,
Liepai balta villainite.
放牧しながら眺めていると
樫の木が菩提樹に挨拶をしていた。
樫の木には色とりどりのミトンが、
菩提樹には白いショールが。
ただ単に読んでみると、牧歌的な田舎の風景が浮かびますが、奥の意味は異なります。ラトビアの民謡の世界では、Ozols(樫の木)は男性を、Liepa(菩提樹)は女性を表しているので、このダイナは自然のなかでの男女の出会いを歌っているのです。

もともと口承でのみ伝わっていたダイナスですが、それらを文字に書き起こして記録に残すために尽力した人物がいます。それがKrišjānis Barons(クリシュヤーニス・バロンス、1835年~1923年)です。

バロンスは19世紀末から20世紀初頭にかけて、ラトビア全土から約27万篇ものダイナスを収集し、提供者とともに一篇ずつ、3cm×11cmという小さなサイズの栞のような紙片に書き記しました。そして、内容を分類して体系立てて、それぞれが20に区分けされた70段の引出しのある戸棚「Dainu Skapis(民謡の戸棚)」に紙片を整理して納めました。



さらに、1894年から1915年にかけて全6巻(8冊)からなる「Latvju dainas(ラトビア民謡集)」を出版しました。その後もバロンスの活動をきっかけに民謡の収集が進み、今ではなんと120万篇を超えるダイナスが保存されています。ラトビアの人口は約186万人なので、ラトビア人はよく「Katram sava tautasdziesma(誰でもそれぞれの民謡がある)」と例えます。



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また、この戸棚は、ラトビアの宝物だけにとどまらず、豊かな文化遺産として、2001年にユネスコの「世界の記憶」に登録されました。現在はラトビア国立図書館に所蔵されていて、来館者は誰でも見学することができます。


実は、バロンスの成果は、ダイナスを体系化して紙面で記録したことだけではありません。19世紀後半頃から、それまでドイツ、ロシア帝国といった大国に支配されてきた人々のなかから、「我々はラトビア語を話すラトビア人だ」という民族意識をもつ知識階級が育ち、バロンスはほかの影響力のある文化人たちと一緒になってラトビア人としての民族覚醒を促し、団結させることに成功しました。この民族運動が1918年のラトビア国家樹立に繋がっていったのです。
バロンスの功績を称えて、リーガの中心地には「クリシュヤーニス・バロンス通り」と名付けられた通りがあり、その一角にはバロンスの博物館もあります。「Dainu tēvs(ダイナの父)」と呼ばれ、ユーロ通貨が導入される前のラトビア独自通貨のラッツ紙幣にも描かれていたバロンスは、今もラトビア人が愛し、尊敬する偉人なのです。

最後に、手仕事にまつわる美しいダイナを紹介します。新婚生活のために心をこめて準備をする女性の民謡です。
Es noaudu gultas deķi
Zeltitàm kantitèm;
To apsegšu tautu dēlu
Pirmo nakti guledama.
私はベッドの毛布を織りあげた
金の縁取りをつけて。
それを若者に掛けてあげよう
最初の夜に寝ながら。
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INFORMATION

Krišjāņa Barona muzejs (クリシュヤーニス・バロンス博物館)
住所:Krišjāņa Barona iela 3–5, Rīga,
Krišjāņa Barona muzejs — Memoriālo Muzeju Apvienība
PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi
ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。