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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.7 職人さん探訪記その3 ニッターのギタさん

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

ビーズを編み込むリストウォーマー「Mauči(マウチ)」

ラトビアを代表する手工芸品といえば、三角頭のミトンを思い浮かべる方が多いかもしれません。実は、ラトビアにはミトンの他にもうっとりするような美しい編み物が存在します。それは、ビーズの装飾が施されたリストウォーマーのことで、ラトビア語でMauči(マウチ)と呼ばれています。編み上げた後にビーズを縫い付けるのではなく、毛糸にビーズを通しながら編み込んでいくのが特徴です。

こちらがマウチ。ギタさんの作品。

文献ではマウチの記述はかなり少ないものの、20世紀の時点で既にラトビア全土で民族衣装の一部として知られていました。特に、ラトビア西部クルゼメ地方の色鮮やかなマウチが有名です。この「ビーズを使った編み物」は、その昔、異国から来た女性によってもたらされ、その美しさに魅せられた編み物上手の娘さんたちの手で再現され、ラトビアでも広まったと考えられています。

寒い時期に手首を温める実用品でありながら、コートの先を華やかにしてくれる装飾品でもあるマウチは、昨今再び脚光を浴びていて、ラトビアで人気の編み物になっています。元来、柄にはラトビアの自然信仰に由来する神様の文様がモチーフとして用いられ、幾何学模様の文様を左右対称に規則正しく配列して図案化されていました。のちに、花や植物といったモチーフも編まれるようになりました。

数年前のある日、vol.5で紹介したバスケット職人のアンドリスさんから、「自分には美しいマウチを編む妹がいる」と紹介していただき、ギタ・ヤウンスプロアヂェさんとSNSでの交流が始まりました。今夏、アンドリスさんのお宅を訪問した際に、ギタさんにも初めて会うことができました。

ギタさんご夫妻、アンドリスさんご夫妻とのティータイム。

初めてお会いしたギタさん、温かくて几帳面なお人柄を感じました。それもそのはず、教師として40年間も勤め上げ、そのうちの25年間は家庭科の先生として女子生徒たちに裁縫、編み物、料理を教え、常に楽しく働いていたというから納得です。ギタさんに見せていただいたマウチの数々は、写真で見ていたよりもはるかに美しく、すっかり目を奪われました。

一目一目きっちりと編み上げられたギタさんのマウチ。
マウチの技法を応用したハンドウォーマー。

子供の頃からお母さまやおばあさまから編み物を教わっていたというギタさんは、編み物だけではなくあらゆる手芸がお好きだそう。最初にマウチを見たのは2010年のこと。リトアニア人女性が身に付けているのを見たものの、初めて目にしたのでそれが何なのかわからず、インターネットでリトアニアの手芸について調べ、情報を得たそうです。
ビーズ編みに関心を抱いたギタさんは、同じようなアイテムがラトビアでもあるのか探してみたところ、民族衣装の一部としてマウチが存在することに気が付いたそうです。すっかりマウチの虜になったギタさんは、それ以来10年以上も編み続けているそうです。初めての作品は8/0のビーズと太めの毛糸で挑戦しましたが、試行錯誤の結果、今は10/0のビーズと上質なメリノウールで編んでいるそうです。

基本的に編むことが大好きというギタさん。楽しみながら編みつつも、マウチには慎重さも必要と言います。注意深く図案を見て、入念にビーズを数えて毛糸に通す必要があるからです。この時ばかりはちょっとした物音や会話も厄介者になるのだそう。上手く進まなかった時には思わず声が漏れて、何度もやり直すことがあるそうですが、それでも頭を空っぽにしてマウチを編んでいる時間は申し分のないリラックスタイムになると教えてくれました。
お気に入りの図案を使って発色良く見えるように編んでいると気持ちがウキウキし、特にモチーフが複雑で、より多くの色を使うマウチを編み上げた時が何よりも心躍る瞬間だそうです。プレゼントした相手に気に入ってもらえたら、嬉しさはさらに倍増します。編み物や手芸が苦手な私には根気がいる大変な手仕事のように感じますが、ギタさんにかかればお手のもの。難しいことは何一つないと言い切ります。ただただ楽しみながらひたすら編むだけなのだそう。実際、手芸全般が得意なギタさんは、ご友人からも「ギタさんの作品は美しく、労力を要する繊細な作業が見事だ」と太鼓判を押されています。

現在は幼児専門の教育機関で教育課程を指導しているギタさんですが、根っからの手仕事好きに変わりはありません。書類作成の責任者を務めつつも、子どもたちのために様々な種類の教材を準備することがやはり楽しいそうです。

ご自分の作品のことを優しく教えてくれるギタさん。

PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

HP:http://www.subaru-zakka.com/

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