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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.34 ラトビア人の魂の楽器「Kokle(クアクレ)」

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

ラトビア人を特徴づけるキーワードの一つが「音楽」。古来から人々は歌とともに生きてきました。今もさまざまなジャンルの音楽が生活のなかに溶け込み、楽しまれていますが、そのなかでも際立って特別な楽器があります。それが「Kokle(クアクレ)」という撥弦楽器です。

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ラトビア伝統音楽文化の象徴「クアクレ」

近隣諸国にも似た形状の楽器があり、フィンランドのカンテレ、エストニアのカンネル、リトアニアのカンクレス、北西ロシアのグースリがそれにあたります。和楽器の琴のような外観のこの楽器が、ラトビアにおいていかに別格の存在であるかは、文献に記されている「ラトビアの楽器の中で最も伝説に彩られ、最も称えられてきた楽器」「ラトビア伝統音楽文化の象徴」「ラトビア人の歌う魂」「ラトビア人のアイデンティティを体現する唯一無二の存在」といった文言からうががうことができます。

ラトビアのバンドVilkači(ヴィルカチ)。左から2人目の男性が演奏しているのがクアクレ。

なぜこのように特別視される存在なのかは、クアクレの起源のせいかもしれません。
国土の半数以上を森が占めるラトビアにおいて、木々は常に生活に密着した存在でした。その昔、人が亡くなると故人の魂は木に、そしてその木から作られたクアクレに宿ると考えられていました。祖先の声を内包するクアクレを奏でるという行為から、対話の楽器ともとらえられてきました。もちろん今はそのような使い方はされていませんが、今でもクアクレはラトビア人にとってただ「音が鳴る楽器」以上の存在なのです。
また、多くのクアクレに「太陽」の文様が刻まれていることも神聖視される要因の一つと解釈されています。考古学者の間ではクアクレの歴史は2000年以上前に遡ると論じられていますが、現存する最古のクアクレは13世紀のものです。

ラトビア野外民族博物館の家屋でもクアクレが当たり前のように壁にかけられている。
旧「文学と演劇、音楽の博物館」で展示されていた古いクアクレの数々。

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さて、そのような起源をもつクアクレの構造はというと、一本の木材からくり抜かれた舟形のボディに、共鳴板で蓋がされています。ボディに使用される樹種は、菩提樹、白樺、トウヒ、松などさまざまですが、共鳴板にはトウヒがよく用いられます。弦はスチール弦、昔は青銅の弦が使われていたと推測されています。ボディに対し、並行ではなくやや扇型にピンと張られた弦は、途中にブリッジがないので、はじくといつまでも豊かな音色を響かせます。また、弦を留めるペグも木製です。

私の先生、ラトヴィーテ・ツィルセさんのクアクレ。©ayako hachisu

実は「クアクレ」といってもさまざまなタイプがあります。まずは、「伝統的なクアクレ」か「モダン・クアクレ」に分かれます。

伝統的なクアクレ
「伝統的なクアクレ」はこれまで説明してきたタイプのもので、歴史的には独奏する形で、歌やフォークダンスの伴奏に用いられたり、お葬式などの儀式で奏でられたりしました。弦の数も少なく、出せる音も限られていて、半音階を弾くこともできません。
さらにこの「伝統的なクアクレ」は、地方によって大きく形状が異なります。ラトビア西部クルゼメ地方のクアクレは、小ぶりでペグの配置に沿ったボディラインをしており、先端の突起部分に文様が刻まれています。弦の数も5~9本と少なめです。ラトビア東部ラトガレ地方のクアクレは、共鳴板が羽のように張り出していて、弦の数も9~12弦と多く、全体的に大きめです。

左がクルゼメ地方のクアクレ、右がラトガレ地方のクアクレ。

モダン・クアクレ
「モダン・クアクレ」は、近代になってからエンタテイメントの音楽用に発展した楽器で、その代表格が25-32本もの弦が張られた「コンサートクアクレ」です。ボディも大きく、演奏しながらレバーを調整することで半音階も鳴らすことができます。

コンサートクアクレ。面積も大きく脚がついている。ペグは金属製でレバーがついている。
コンサートクアクレはアンサンブルで演奏されることが多い。

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「伝統的なクアクレ」の奏法ですが、クアクレはバイオリンやギターなどと違って1弦につき1音しか鳴らないので、例えば11弦のクアクレなら11音しか出ません。左手でコードを押さえ、右手の人差し指を奥の弦から手前の弦までスライドさせて音を出し、それに左手の使っていない指で弦を弾く動きと組み合わせて演奏します。
コードの押さえ方が独特で、クアクレの場合、指が触れている弦はミュートとなり音を発しません。ですので、例えばド・ミ・ソのコードを鳴らしたい場合は、レ・ファ・ラ・シに左手の指を置いてミュートさせ、右手の人指し指で奥から手前へすべての弦をスライドさせるように弾くとド・ミ・ソのコードを奏でることができます。奥の弦が長い方が低音で、手前の短い方が高音です。通常、一番低音の弦はドローンとして鳴り響くので「シンガー」と呼ばれています。

「歌う会」での一コマ。それぞれ左手でコードを押さえ、右手の人差し指で弾いている。

この奏法にも地方による違いがあります。
クルゼメ地方では、お腹の方には高音の短い弦がくるようにして膝に水平に楽器を置いて、右手の人差し指の腹を奥から手前に動かして弦をはじきます。ラトガレ地方では、高音の短い弦が上にくるようにして膝に楽器を垂直に置き、右手の人差し指の爪を上から下に動かして弦をはじきます。左手はいずれもコードを押さえます。

クルゼメ地方の演奏スタイル。
ラトガレ地方の演奏スタイル。ラトビアのトップ奏者ライマ・ヤンソーネ来日時の様子。

クアクレについては、2026年3月7日放送予定のBSテレ東「おんがく交差点」でもお話ししています。

オーダーメイドのクアクレはヴィゼメ地方のボディを採用

技術的な文章が続きましたが、最後に私のこだわりのクアクレを紹介したいと思います。
制作者は名匠エドゥアルヅ・クリンツ。細部まで希望を聞いていただき、オーダーから完成まで半年以上待った一品で、もうかれこれ13年ほど私の相棒です。

名匠エドゥアルヅさんと私のクアクレ。2013年にクアクレを受け取った時の様子。

ボディの形は私の民族衣装と同じヴィゼメ地方から採用しました(クアクレの大半はクルゼメ地方かラトガレ地方で発見されていますが、ヴィゼメ地方の一部でも僅かながら見つかっています)。ウィングの端が波打っているのは海を意識しています。私の生まれ育った神戸とリガ、ともに港町だからです。また、波打ったデコとボコが計5か所なのは、私の誕生月の5月に由来します。さらに装飾として、私の名前の「明」を分解して、上面には「太陽」と「月」の文様を、屋号のSUBARUからもじってサイドには「明けの明星」の文様を刻んでもらっています。おまけに、色味は私のバイオリンと同じ雰囲気にしてもらいました。

左が私のバイオリン。ウィングの先端は波を意識。デコとボコの頂点が計5か所!
エドゥアルヅさんはバグパイプ制作のマイスターでもあり、自身も音楽家。

こうしてこだわり抜いたクアクレを弾き始めて13年。今でもラトビア滞在の際はレッスンを受けていて、日本でも練習を続けています。美しい音色を奏者自身に届けてくれるクアクレ、「対話の楽器」とはまさに言い得て妙で、奏でているひとときは何よりも心地よい時間なのです。

クアクレ界のレジェンド、ムクトゥパーヴェルス兄弟と。
私の民族衣装はヴィゼメ地方のもの。クアクレの音色やラトビア民謡の美しさを知ってほしくて、日本で「UZMANĪBU(ウズマニーブ)」というバンドを組んで活動しています。

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INFORMATION

ラトビア音楽ユニット UZMANĪBU(ウズマニーブ)

ラトビア共和国に伝わる伝統音楽を演奏する日本初のユニット。

PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

http://www.subaru-zakka.com/

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