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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.23 職人さん探訪記その6 バスケット職人アントラさん

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

14年前に出会った唯一無二のバスケット

目の肥えたカゴ好きさんにも評価の高いラトビアのバスケット。これまでの記事でも数名の職人さんを紹介しましたが、今回紹介するアントラさんの作品は、その中でも特に個性的です。「バスケット職人」というくくりが正しいのかもわからない、唯一無二の作風です。
最初にアントラさんの作品を見たのは14年前のことでした。トレイ状の木部に穴が開いていて、そこに直接柳が編みこまれて形づくられたバスケットで、しなやかな柳の風合いと荒々しさすら感じる天然木の格好良さが調和した作品に、衝撃を受けたことを今でもはっきりと覚えています。

2010年6月の民芸市で見つけたアントラさんのブース。
今年の民芸市で並んでいたアントラさんの作品。実用品でありながら存在感抜群のトレイ。

一目惚れしてからはメールを使っての仕入れが続き、数年前に念願叶ってアントラさんの工房を訪問することができました。向かったのはリガからバスに乗って西へ向かうこと約4時間、バルト海に面した港町リエパーヤ、ラトビア第3の都市です。交易港として、また時には軍港として栄えた町で、「風の町」「琥珀の町」さらには「音楽の町」などとも呼ばれています。日本との関係でいえば、日露戦争の際にバルチック艦隊が出航した港町として知られています。

リエパーヤの語源の「リエパ」とは菩提樹のこと。町にはたくさんの菩提樹が植わっています。
町の中心を流れる運河。
バルト海!さらさらの砂浜。風が強い日が多い。
「風が生まれる街……」という民謡のモニュメント。
琥珀の産地であるバルト海は、ラトビア語では「琥珀の海」という名称。リエパーヤのお祭りでは琥珀製品のブースが目につきました。
音楽が盛んなリエパーヤでは、音楽にまつわる記念碑も多い。

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工房に到着すると、まずは職人さん仲間と軽食でもてなしてくれました。長時間の移動で疲れた身体にハーブティーと菓子パンが染みました。訪問の目的である工房見学が始まる前に、「どうして日本で店を?」「なぜラトビアの手仕事を選んだの?」など、興味津々の職人さんたちから質問攻めにあったことも懐かしい思い出です。

中央がアントラさん。ほかに、機織り、刺繍、革細工、琥珀アクセサリーの職人さんたち。

貿易の専門学校を卒業して、工業製品の貿易に関する資格を取得。その後6年間建設会社の経営者として働いたという、一見すると職人とは関係のない経歴をもつアントラさん。結婚後にご主人のお父さまからバスケット編みを教わったそうです。そのおもしろさにすっかりはまり、いつの間にかバスケット職人として33年もの経歴になったといいます。バスケット編みの作業はもちろんのこと、材料である柳の準備はおろか、固い木部の準備もすべて手作業で行われています。

作業の流れを教えてくれるアントラさん。
木を見てトレイ部分の形状を決める。

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柳を挿し込むための穴を木部に開けていく。

こうして自然素材と対峙しながら手作業で生み出される作品は、2つとして同じものが存在しません。どうしてこのような作風が生まれたのかを聞いてみたところ、「シンプルなバスケットを編むのに飽きたから、異なる形の木を使って編んでいるのよ」という明快な答えが。「統一された規格のない作品を制作するという発想のもとでは、作業のルーチンがありません。常に自ら生みだす必要があるということは何よりもワクワクするのです。」と言い添えてくれました。

一つ一つ、すべての作品には温もりや安寧といったアントラさんの想いも一緒に編み込まれているそうです。また、木々に第二の人生を与えているともいいます。なぜなら、燃やされてしまいそうな古い木をきれいに整えてから、愛情を込めて材料として使用しているからです。

工房訪問時に買い付けたトレイやポットマット。
穴をあけた琥珀に柳を通し、ビーズのように編みこまれた作品も。
アントラさんの手にかかれば廃材すらアートのよう。

アントラさんにとって作品を編むことは自身の全てだと言い切ります。仕事であり、趣味でもある。さらには、喜びや幸せを与え、心に平穏をもたらしてくれる行為なのだそうです。

週に2,3回クロスカントリーを走り、年がら年じゅう海水浴をするというアントラさんは、初めて見かけた14年前からその風貌に一切変わりがありません。力仕事でもあるバスケット編みを33年も続けられていることにも納得です。次々と作りあげる自由な発想の作品たち、また、チャーミングでありながら気風の良さを感じるアントラさんの人柄は、広大なバルト海に面したリエパーヤという港町の影響なのかもしれません。

今年の民芸市で再会したアントラさん。14年前のまま!

SUBARU15周年を記念して、写真展『SUBASU店主のラトビアの手仕事をめぐる旅』を開催!

SUBARU店主の溝口明子さんが、15年かけて知ったラトビアのこと、知り合った人々、歌や踊り、多種多様な建築物、巡る季節に合わせたライフスタイルなどなど。「ミグラテール」で連載中の記事で紹介している、ラトビアのさまざまなことにまつわる写真展を開催します。
場所は神戸市中央区で店を構える書店『花森書林』。
お近くにお住いの方、関西方面に行く予定のある方はぜひ足を運んでみてください!

INFORMATION

SUBASU15周年記念写真展
『SUBASU店主のラトビアの手仕事をめぐる旅』

会期:2024年9月5日(木)~16日(月)
時間:13:00~19:00(最終日-17:00)
   火・水休み
会場:花森書林 神戸市中央区元町通3-16-4
https://hanamorishorin.com/

PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

http://www.subaru-zakka.com/

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