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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.28 生産者さん探訪記その2 織物会社リンバジュ・ティーネのヤーニスさん(後編)

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

>>vol.28 生産者さん探訪記その2 織物会社リンバジュ・ティーネのヤーニスさん(前編)はこちら

ラトビアの人々の暮らしに欠かせない織物製品、そして民族衣装の生地を製造しているリンバジュ・ティーネ社。このような事業もさることながら、私が今回特に紹介したかったのが会社の代表を務めるヤーニス・クラソヴスキスさんです。

いつも真心を込めて自ら工場を案内してくれるヤーニスさん。

旧ソ連支配下の羊毛紡績工場からスタート

そもそも同社は、旧ソ連の支配下において羊毛紡績工場として消費協同組合に含まれていて、ヤーニスさんは大学卒業後すぐに工場で働きはじめたそうです。激動のなか時代は進み、ソ連の解体とともに消費協同組合もいくつかの組織に分社化され、羊毛紡績工場は1991年に「リンバジュ・ティーネ社」として正式に稼働。その時点でヤーニスさんが代表に就任したそうです。独立回復後の混乱期も苦労が絶えなかったそうですが、自社製の毛糸を使った民族衣装の生地を織ることに活路を見出すことができました。それが今ではテーブルクロス、ラグ、ショールなどのさまざまな織物製品を生産するまでにいたり、ラトビア国内にとどまらず、国外へも輸出するようになりました。

仕上がりを確認するヤーニスさん。

ヤーニスさんの一日は、出勤後にメールや注文書に目を通すことから始まります。その後、デザイナーと業務の進め方について打ち合わせを行い、担当を割り振ります。それから、工場内をまわって、作業がどのように行われているかを確認し、従業員と会話をします。来客のアテンドもヤーニスさん自身で行います。
また、顧客のニーズをより深く把握するために、頻繁に取引先を訪問しているそうです。ときには、一風変わった注文を受けることもあるそうですが、のちにその経験が同社の新しいデザインにつながることもあるそう。このような出会いのおかげで一連の仕事はとても興味深いものになり、現場では新しい何かが常に湧き起こるといいます。

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毎年1月になると社内監査が行われるので、ヤーニスさんは会社の業務を再分析し、年間の活動計画を策定します。原材料の調達も担当しているそうですが、世界情勢が不安定なために仕入れ値の変動が大きく、急激に上昇するので、コストと販売価格のバランスを取ることが難しくなっているそうです。けれど、このような状況のなかでも、ヤーニスさんは力を込めていいます。
「ラトビア人の民族としての伝統を守り、世界に伝えるために、私たちが努力を続けることが何よりも重要です。“歌と踊りの祭典(※)”で、私たちがつくったたくさんの織物が舞う様子を見るのは大きな喜びです」。
ヤーニスさんと話をしていると、控えめで穏やかな優しさのなかに、このような気高いラトビア人としての誇りが垣間見える瞬間があります。そのとき、私はいつも胸がぎゅっとなるのです。
※「歌と踊りの祭典」はラトビアで5年に一度開催される壮大なお祭りで、フィナーレでは約16,000人による合唱のステージが深夜まで響き渡る。ユネスコ無形文化遺産。

2010年、初めて訪問したのは雪深い日。極寒の中、薄着で見送ってくれました。

周りの人に対する温かさと心意気

私が初めてヤーニスさんを訪問したのは2010年12月のこと。あの日から今も変わらず、訪問すると少しはにかみながら、まずはお茶とお菓子でもてなしてくれて、丁寧に工場を案内してくれます。実直な人柄とぬくもりのある空気はいつまでたっても変わりません。帰路につく際にはいつも心がじんわりと温かくなります。

2011年3月に私の買い付けの様子が地元新聞の紙面を飾りました。
ヤーニスさんがプレゼントしてくれた私の民族衣装。

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そんなヤーニスさんには、リンバジュ・ティーネ社が創業100周年を迎えた同じ2014年に、「信念をもって長期に渡りリンバジュ・ティーネ社を牽引し、家庭用の織物文化を向上させ、リンバジの町の名を国外にも広めた功績」を称えて、リンバジ名誉市民賞が授与されました。

「Jānis Krasovskis/goda novadnieks/Limbaži 2014」と刻まれた名誉市民賞。

インタビューの最後にヤーニスさんは、「私はかなり年をとってしまいましたが、幼い頃に母が機織り機でテーブルクロスや毛布を作っている様子を見て芽生えた織物への興味は今でも生き続けています。旅をしてほかの場所でどんなものが織られているのかを見るのも楽しみの一つです。でも、海辺のサマーハウスで家族と一緒に休日のひとときを過ごすのが何よりも大好きです」と心温まるエピソードを教えてくれました。

先日80歳の誕生日を迎えたヤーニスさん。従業員の皆さんがサプライズパーティーを開いたことが地元の新聞に載っていて、温かな祝福を受けている様子が書かれていました。その記事はこう締めくくられていました。
「ラトビアにおいて、リンバジュ・ティーネ社は本当にユニークでほかに類を見ません。そして、代表のヤーニス氏自身も同様に賞賛に値する人物です-その職務遂行能力、思いやりと無私無欲さ。毎朝一番に出勤し、夕方には最後に工場を後にする人なのです」。
私にとっても特別な存在であるヤーニスさん。昨夏、息子を連れて訪問することができ、感慨ひとしおの時間を過ごせました。

息子の手を引いて工場を案内してくれるヤーニスさん。

>>vol.28 生産者さん探訪記その2 織物会社リンバジュ・ティーネのヤーニスさん(前編)はこちら

INFORMATION

Limbažu Tīne

住所:Pļavu iela 4, Limbaži,
www.limbazutine.lv/

PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

http://www.subaru-zakka.com/

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