「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.8 職人さん探訪記その4 プズリと織物の職人アウスマさん<後編>
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空中に揺らぐ大小さまざまなプズリ、存在感に圧倒される
初めてアウスマさんにお会いして、その手ほどきを受けたのは2013年のことでした。それから断続的にお会いしていたものの、今回のようにアウスマさんお一人の作品がずらりと並ぶ展覧会を見学したのは初めてで、あらためてその技量に圧倒されました。
完成の美しさに直結するていねいな下準備
アウスマさんは常日頃から「材料を揃えることが一番大変」と言います。麦藁を収穫し、穂先を落として表皮を剥き、洗って汚れを取り除いてきれいな状態にしてから、太さごとに仕分けて、必要な長さにカットしていくからです。
今回、一堂に会した作品群を鑑賞したことで、細く美しい状態に整えられたそれぞれの麦藁が、緩むことなく、完璧な計算により緻密に繋げられているからこそ、美しい造形の見事な完成形にたどり着いているということをあらためて実感しました。 素朴な自然素材を材料にしながらも、すべてが精巧な芸術品に昇華していたのです。
子どもの頃からプズリを作ってきたというアウスマさんに制作の秘訣を聞いてみると、「若い頃は本や写真をたくさん見て、寸法を測って制作していたけれど、今ではアイデアが自然に湧き上がってくるのよ」という答えが返ってきました。アウスマさんの人生の積み重ねがそこにあるような気がしました。
ラトビアの伝統文化を紡ぐ、織物職人としての一面も
そんなアウスマさん、実は織物職人というもう一つの顔があります。機織りを始めたのは55年も前のこと。出産を控えていたものの、旧ソ連占領下の当時の状況下では、お店でまともな織物を買うことができなかったので、それならば自分で織りたいと考え始めたそうです。現在では大判の機織りも細いベルト織りも達者な、オールマイティの職人さんなのです。
レストランでの個展見学のあと、ご自宅を訪問してカード織りを教わってきました。花が咲き乱れるお庭で、収穫したいちごをいただきながらのんびりとカード織り。私の作品の出来映え はさておき、本当にいい時間を過ごすことができました。 アウスマさんは、作業中に「何事も基礎が大事」と繰り返し話してくれました 。プズリ作りでは材料の下処理から作り始めるまでの準備のことを指し、織りでは糸が絡まらないようきっちりセットするまでの準備のことを指していて、作品作りをスムーズにし、より美しく仕上げるためには、土台となる基礎部分が何よりも大切なのだと教わりました。
作品作りだけではなく、機織り機や麦藁の準備作業などで常に活発に動いているアウスマさん。現在は、まもなくヴァルミエラ市立博物館で行われる展覧会『PUZURI』に向けて作品の制作を行いながら、会期中に開催されるワークショップの用意をしているそうです。 「仕事が増えれば増えるほど、アイデアも増えていくのよ!」と豪快に語ってくれました。出会ってから何年経っても変わらない、エネルギッシュでチャーミングなアウスマさんとは、また来年の再会を約束しています。
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PROFILE
溝口明子 Akiko Mizoguchi
ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。