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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.9 ラトビアの伝統的な冬至祭とクリスマス

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

もうすぐクリスマス、ラトビアも冬真っ只中です。雪深い日には、すっかり葉が落ちた木々は樹氷となり、一面がモノクロの世界になります。この時期は正午になっても太陽が昇り切っていないような陽の照り具合。そこはかとない薄暗さが静寂の美しさに拍車をかけます。

息を呑むほど美しいラトビアの白銀の世界。

緯度が高いため、夏と冬で日照時間が大きく異なるラトビアでは、古来から太陽の動きが重要視されてきました。太陽の軌道に合わせて一年を立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至の八つに分け、その節目に祭祀を行い、農作業の目安にしてきました。

まもなく訪れる大切な季節の祭りの一つ、冬至祭(Ziemassvētki/ズィエマススヴェートゥキ)。祭りの中心になるのはĶekatas(チェカタス)という仮装行列です。狼(暗闇を表わす)、ヤギ(光を表わす)、鶴(知恵を表わす)、ウサギ(恐怖を表わす)などの仮面をかぶった人々が、賑やかに音を鳴らしながら家々をまわりながら練り歩きます。一団は丸太を曳きながら歩くことで、今年の災厄を丸太に吸収させていきます。行進の最後は、厄払いのように丸太を焚き火で燃やします。

かつては、チェカタスの一行は訪問した家々から邪悪なものを退け、各家庭が暗闇から打ち勝つように手助けをし、翌年の祝福を授けました。そして、訪問を受けた家々はそのお礼にお料理などをふるまってもてなしたといいます。自然を信仰の対象としてきたラトビアの人々にとって、この日を境に日照時間が再び長くなり始める冬至の日は、光が闇に打ち勝つという意味合いを持つ日でもあったのです。

ラトビア野外民族博物館で開催された冬至祭の仮装行列の様子。
この丸太に災厄が集まる。
お祭りで欠かせないフォークダンス。

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Ziemassvētki(ズィエマススヴェートゥキ)という単語は、直訳すると「冬祭り」になります。ラトビアの伝統的な冬至祭を表わす一方で、いわゆるクリスマスも意味しています。諸説あるそうですが、実は、ラトビアはクリスマスツリー発祥の地といわれています。

1510年、商人組合が樵(きこり)に依頼して冬至祭用の丸太を準備しようとしたところ、巨大なモミの木が手に入りました。あまりにも大きな木だったので、燃やすと周囲の家や人々に危険が及ぶかもしれないと考えた商人たちは、燃やすことをあきらめて、ひとまず近くを流れるダウガヴァ川の河畔に置いて、商人会館(※)で巨木の処分をどうするか話し合いを始めました。
すると河畔にある大きなモミの木の存在に気が付いた子どもたちが次々とやってきて、リンゴやドライベリー、ドライフラワー、どんぐり、自分のミトンをほどいた毛糸など、手に入るものでデコレーションを始めました。
話し合いの答えが出ないまま商人たちが会館を後にすると、日はとっくに暮れてあたりは真っ暗。そして河畔のモミの木を見に行くと、子供たちが施した飾りに霜が降りて、月明かりの中で輝くモミの木の姿がそこにあったのです。商人たちは「町のみんなに喜んでもらえるように、このモミの木を街の中心地に立てて『クリスマスの木』として飾ろうではないか!」と思いつきました。
モミの木は市庁舎広場に移設され、祝祭ムードにふさわしいようにさらに飾り付けされました。この出来事がクリスマスツリーの起源だと言われている理由です。
※旧市街の市庁舎広場にあるブラックヘッド会館のこと。1334年に建造された当初の建物は第二次世界大戦の戦火で焼失したが、1999年に再建された。

当時クリスマスツリーが立てられた場所には、発祥について記されたプレートが埋められていて、今でもシーズンになると同じ場所にデコレーションされたクリスマスツリーが飾られています。

当時クリスマスツリーが立てられた場所。プレートには「リガに初めてクリスマスツリーが登場したのは1510年」と、日本語を含む8か国語で表記されている。
市庁舎広場のブラックヘッド会館付近の様子。 発祥の地に立つツリーは毎年華やかなセレモニーとともに点灯される。

クリスマスツリーといえば、日本と大きく異なるのがモミの木の材質です。日本のツリーはイミテーションが大半ですが、ラトビアでは国有林なら一家族につき一本、モミの木を切って持ち帰ってよいことになっているので、一般家庭でも本物の木を飾ります。

森に取りに行けない場合は、この時期だけ出現するモミの木の即売所で購入できる。
趣向を凝らしたツリーやオーナメントを眺めるのもクリスマスシーズン特有の楽しみの一つ。

もちろんツリーだけではなく、シーズンに入るとリガのみならずラトビアの各所でクリスマスマーケットが始まります。会場は寒い屋外ですが、ホットワインで温まりながらハンドクラフトやクリスマス用の食材のお買い物を存分に楽しめます。

リガ旧市街にある大聖堂広場のクリスマスマーケット。
特におすすめなのは、やはり手編みのミトン。

ツリーを飾り、クリスマス用のアイテムや贈り物を揃えたら、あとはクリスマスを待つだけです。12月24日から26日は休日になっているので、家族や友人たちとホームパーティーをしながら、和やかな時間を過ごします。

伝統的な冬至祭の方は一般的な過ごし方というわけではありませんが、ラトビアではこのようにして今も二つの意味のZiemassvētkiが楽しまれています。

クリスマスパーティーでは御馳走が並ぶ。

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PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

HP:http://www.subaru-zakka.com/

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