リトアニアのソウルフードをつくる その1 ライ麦黒パン編
昔のリトアニア人の暮らしを体感できる古民家博物館へ
2023年10月、首都ヴィリニュスの北120kmにある人口約9000人のアニクシャイという町を訪れました。
風光明媚な風景が広がり、冬は地元で人気のスキーリゾート地として知られています。ここにはリトアニアの馬の歴史を視覚的にわかりやすく紹介するホース・ミュージアムがあり、その敷地内に150年以上昔の古民家を20km離れた場所からここへ移築して建てられた古民家博物館が併設されていました。
木造の古民家は2つの部屋から成ります。メインの部屋はダイニング&寝室、もうひとつは客間。メインのリビングは、入るとまず大きなダイニングテーブルが置かれ、右側には大きな暖炉(窯)が備わっています。暖炉の後ろには、暖炉と繋がるように小上がりのような広めのスペースが設けられていて、その場所が家族の寝床になっています。パンを焼いた後の暖炉の熱で、寝床エリアにも温かさが広がるつくりです。
部屋のインテリアは少しも古い印象はなく、シンプルでナチュラル。棚に飾られた木製のキャンドル立てや銅製の水差し、陶器の壺、箒(ほうき)など、手づくりの生活道具も味わい深く、かつてのリトアニアの人々のていねいで豊かな暮らしが伝わってくるようでした。
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最初に目に留まったのが、窓の上部にカーテン飾りのように貼られていた切り絵細工。ランプの周りにも施してありました。これは「カルピネイ」と呼ばれるもので、リトアニアの家屋に電灯が登場する19世紀末まで、カーテンの代わりとして使われていたそうです。現在、リトアニアではクリスマスや復活祭の時にカルピネイが飾られます。隣国のベラルーシにもこのような切り絵細工の飾りは残っているということでした。
かつて、母から娘へ受け継がれていた黒パンづくり
リトアニアの主食といえば、ライ麦と水でつくる黒パン(juoda duona)です。古来より、日々の食事にはもちろん、さまざまな宗教的行事にも欠かせないものでした。少し酸味があり、食物繊維、カリウム、マグネシウムをたっぷり含んでいて栄養満点。昔のリトアニアには肉、チーズ、バターもなく、毎日食べるのはこの黒パンでした。現在、パン屋では豊富な種類の柔らかいパンが売られていますが、リトアニアの人々は今でも各家庭で伝統的な黒パンをつくっている人も多くいます。
そのつくり方を古民家博物館で見学し、最後に暖炉に入れる前のパンの成型を手伝いました。レクチャーしてくださったのは、民俗研究家のアンナさん。工程は下記です。
工程
1:ドーン・クギリスと呼ばれる木製のパン桶を用意。
2:前回使った桶に残しておいた天然酵母(ラウガ)、そして新しいライ麦粉と水を混ぜる。
3:酵母を自然発酵させるために、暖かい場所にひと晩置く。
4:翌日、パンの種を手に取り成型し、暖炉で約1時間焼く。
大変シンプルな工程で簡単そうですが、素人がつくるとパンは固くなります。誰でもおいしい黒パンを焼けるわけではなく、経験を積んだ人しかうまく焼くことはできないそうです。
各家庭で古くから桶に残し続けてきた酵母(ラウガ)は、かつては母から娘だけに受け継がれてきた貴重なものでした。今は、近所で分け合うこともあるとか。現在は家庭のオーブンを使い、ドライフルーツやシード類、砂糖など、好みのアレンジで焼いているそうです。
パンが焼けた後、テーブルにはアンナさん手づくりのリトアニアの伝統料理の数々が並べられました。
パン籠には黒パンとともに、小麦で焼いたパンも入っています。暖炉でパンと一緒に焼いたほくほくのジャガイモ、新鮮なチーズ、生のキュウリ、トマトのサラダ、ビーツサラダ、ベーコンとハム、豚の脂身ラシュイネ、ニシンの酢漬けなど。そして上質のはちみつ(生のキュウリは、はちみつにつけて食べるのがリトアニア風!)。どれもフレッシュでしっかりと旨味があり美味。ていねいにつくられたリトアニアの家庭の味に、心から癒されました。
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INFORMATION
◆ホース・ミュージアム内の古民家博物館 (Arklio Muziejus)Niūronių k., Anykščių
開)9:00~17:00(土・日~19:00)
無休
https://arkliomuziejus.lt
INFORMATION
リトアニア政府観光局
INFORMATION
LOT ポーランド航空
日本からリトアニアへのアクセスは、LOT ポーランド航空の成田国際空港発、ポーランドのワルシャワ・ショパン空港経由、ヴィリニュス国際空港着の便が便利です。
https://www.lot.com/jp/en
PROFILE
鈴木幸子 Sachiko Suzuki
世界を旅するトラベルジャーナリスト&エディター。
人が好き、取材も大好き。出版社勤務や地球の歩き方編集を経て、2004年に制作会社らきカンパニー設立。年間7~8回は海外取材へ出向き、70か国以上の国を頻繁に取材している。2010年から、まちづくりにも関わっている。
通信社、雑誌、クルーズ誌、機内誌、ムック本、書籍、オンラインを含め、各メディアで活動中。JTBるるぶ『アンコールワットとカンボジア』初版制作。著書に『HOTEL INDOCHINA ベトナム、ラオス、カンボジアのフレンチコロニアルホテル/集英社』、『100ドルで泊まれる夢のアジアンリゾート(共著)/文藝春秋』、『もち歩きイラスト会話集タイ/池田書店』、『みやざきの自然災害』などがある。
2023年春より、時事通信ニュース「あなたの旅、わたしの旅」連載中。
趣味は海外旅行。世界の路地&市場巡り。長唄三味線、川柳句会に参加すること。会社名の「らき」はギリシャ・クレタ島の地酒の名前。
宮崎県宮崎市出身。