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リトアニア式の伝統サウナ「ピルティス」で心身と魂を浄化

ていねいな手工芸品で知られるバルト三国のひとつ、リトアニア共和国には、どの国のサウナとも違う伝統的なサウナ文化がありました。雄大な大自然に囲まれたリトアニアで暮らす人々の中に根付く、古くから親しまれる健康法「ピルティス」を紹介します。
Text,photo: Sachiko Suzuki / Special Thanks: Lithuania Travel

自然崇拝が根付くリトアニア人の宗教観

近年、日本でも蒸気式の北欧サウナが知られるようになりました。世界のサウナ大国といえばフィンランドというイメージがありますが、実はバルト海東部に臨む国リトアニアも、知る人ぞ知るサウナの国。この国にはサウナのイメージを覆す、独自の伝統サウナがあります。

伝統サウナは、現地語で「ピルティス」と呼ばれており、「小屋」または「小さな木造の家」を意味する「ピルティ(Pirtti)」が語源とされています。
たとえば、首都ヴィルニュスに住むリトアニア人は、復活祭やクリスマスなど、特別な休暇の前などに半日または1日かけて、このピルティスを受けるそう。もちろん、普段も蒸気式の北欧式サウナに入って汗を流し心身をリセットしています。

ピルティスが始まる前に用意されるトリートメント用のウィスク。

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リトアニアは北海道の8割ほどの国土を有し、その3分の1は森林でおおわれています。特に南部は、松林の連なる砂丘や湿原、大小さまざまな湖沼に恵まれ、バルト諸国や近隣諸国の中でも有数の自然美をなしています。
人々は、古くから手付かずの自然の中で暮らし、万物に精霊が宿るとするアニミズムを信仰してきました。キリスト教化されたのはヨーロッパではもっとも遅く、14世紀の終わり頃のことです。キリスト教化されても、先祖代々受け継がれた自然崇拝への意識は薄れることはなく、それらを十字架に込めてリトアニア独自のキリスト教を発展させてきました。

リトアニアの人々は、忙しい日々の中で自分を見失いそうになると、近くの森へ出かけて、本来の自分を取り戻します。そして、そのリラックス法の中に伝統サウナの「ピルティス」も含まれています。

樹木崇拝も盛んで、とくに樫の木が神聖視されていたリトアニア。

リトアニアに約2000年以上昔から存在していたといわれるピルティス。首都ヴィリニュスの北西約38kmの場所に、リトアニア最初の首都とされるケルナヴェ(Kernavė)という古代都市遺跡があります。そこで、大きな公衆浴場やウィスクという、白樺や柏の枝で作った束が発見されており、古くから人々がサウナに入っていたことがわかっています。そして、この遺跡で出土したものから、どのようにサウナが行われていたか、人は何を食べ飲んでいたのか、などの研究が現在でも熱心に行われています。

バスマスターが導くピルティスのプロセス

2023年10月初旬、ピルティスが体験できるヴィルニュス郊外のピライテ・ウィンドミル(Pilaitė Windmill)を訪れました。
木々に囲まれた広い広場の一角に、木造のサウナ小屋があります。今回体験した建物は、煙突を備えた「ホワイト・スモーク・サウナ(White smoke sauna)」と呼ばれるものでした。近年はリトアニアもナチュラル志向の人が増え、最新の蒸気式サウナよりサスティナブルということで、伝統的サウナ小屋を建てることがトレンドになっているそうです。

ヴィルニュスから北西へ車で約20分のところにあるピルティス施設のピライテ・ウィンドミル。

リトアニア式の伝統サウナと他国のサウナとの大きな違いは3つ。
① バスマスターと呼ばれる指導者がいて、私たちを「ピルティスの世界」へ誘ってくれる。
② 白樺や柏の枝などで作ったウィスク(リトアニア語でヴァンタ(vanta))で全身を叩くウィスキング(トリートメント)をすること。それも1~2種類ではなく8~10種類と実に多くのウィスクを使う。
③ 四季(春夏秋冬)を表す4つの工程があり、それぞれで蜂蜜やハーブ塩、琥珀などを使ってマッサージをする。

ピルティスは、体を温めたり清潔にするためだけではなく、もともと出産の場所でもありました。リトアニアでは「生まれ変わりの儀式」として考えられています。
「私たちは、古代ピルティスの伝統を守り、サウナの儀式には植物や蜂蜜、琥珀などの天然素材だけを使用します。フィンランドのサウナは火を使いますが、リトアニアでは火と水を使います。それは日本の温泉にも似ています」と最初に説明してくださったのは、リトアニア・ピルティス協会の会長でもある、バスマスターのビルテ・マシリアウスキエネさん。

バスマスターのビルテ・マシリアウスキエネさん。

ピルティには命のサイクルを表す「冬」、「春」、「夏」、「秋」と4つのセッションの工程があります。すべてを体験するには4~5時間かかりますが、今回は時間を短縮して約2時間半で冬・春・夏と3回のセッションを受けました。

ピライテ・ウィンドミルのサウナ室。

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1. 冬のセッション

ピルティスは、まずは体を温めるため「冬」からスタートします。四畳半ほどのサウナ室の奥にドーム式の暖炉があり、上段には石が置かれ下段では薪が燃えていました。バスマスターのビルテさんが柄杓(ひしゃく)に水を汲み、それを石にかけると最初の蒸気が上がります。これは「パラス」と呼ばれます。
そして、参加者全員で天井に手の平を向けて「パラス」に触れて挨拶をします。地球のエレメント、火と水に感謝の意を表す「儀式」のようです。
ビルテさんが、2回目の柄杓の水を汲んだ後、皆がその柄杓に順番に指を浸しながら、それぞれの願いを言葉にして祈ります。その後、ビルテさんが大きなウィスク(木の枝を重ねたもの)で、団扇のようにして皆に蒸気をまんべんなく送ると、熱い蒸気が全身を包み込み参加者から歓声が上がりました。それが数回繰り返されると室内の温度は一気に上がり、汗がじわっと出てきます。その後、ビルテさんがたっぷりと水を含んだウィスクを参加者全員にふりかけ、皆の全身をウィスクで軽く叩きます。

ここで参加者が使うウィスクが登場します。8種類の木のウィスクがそれぞれの参加者に1束ずつ渡され、各自が肌や顔、頭全体をパタパタと軽く叩いて、終わったら隣の人に自分が使ったウィスクを手渡します。全員に違うウィスクがいきわたるまで続きました。
次に、ハーブ水が入ったボウルが順に回ってきて、各自がそれで顔を洗います。そして、ウィスクに顔をうずめて木々の力をいただきます。これで「冬」のすべてが終わり、一度サウナ小屋の外に出てリラックス。昼間ならば、外のデッキチェアに横たわったり風に吹かれて体を冷やします。

1つのセッションが終わると、フルーツやトマト、パン、蜂蜜などをつまみながら休憩する。

春と夏のセッションでは、ハーブ塩と蜂蜜のマッサージ

2. 春のセッション

「春」のセッションに入る前に、ビルテさんがセイヨウネズの木のエキスやカモミールなどを混ぜ新鮮なハーブ塩を作ります。再び参加者がサウナ室に入り定位置に着くと、春セッションがスタートしました。ビルテさんが最初に作ったハーブ塩を2つのボウルに分け交互に入れ替えよく混ぜると、新鮮なハーブの香りが部屋中に立ち込め、うっとりとした気分に。
そのハーブ塩を各自が手にして、自分の体に擦り付けて好みのマッサージを行います。そしてここでまたウィスクが登場し、自分たちの体を軽く叩いてトリートメント。冬の時と同様に、ビルテさんは熱い蒸気をウィスクを扇ぎながら私たちに送り続けました。

幾種類かのハーブエキスを塩に混ぜる。ビルテ・マシリアウスキエネさんはリトアニア・アカデミーの会長でもある。

3. 夏のセッション

「夏」のセッションでは、参加者同士が同じ方向を向いて体育座りをし、隣の人の背中をウィスクで叩いてトリートメントをし合します。
蜂蜜が入ったボウルが用意され、ビルテさんが皆の手に蜂蜜を注ぎ、それぞれが蜂蜜を全身に塗ってトリートメントをします。ビルテさんは冬の時と同様、ウィスクで私たちを軽く叩いたり熱波を送ったり、を繰り返します。琥珀の粉を使うときもあるそうです。

すべてのセッションの最後は、ビルテさんが皆にハーブ水を頭からかけて、すっきり。そこでサウナ室は歓声と笑いに包まれ、ピルティスの「儀式」は終了しました。

作りたてのウィスクをお湯につけて、ハーブ水をつくる。

ビルテさんは、ピルティスの間「恥ずかしがらずに心を開放して!」と何度も語り掛けていました。ピルティスを受けた参加者8名は知らない者同士。ピルティスを通して、裸になって一つひとつの工程に皆で感動し、そして笑い……。サウナ室には不思議な一体感が生まれ、体とともに心も軽くなったのです。
「ピルティスを受けた後、人は本来の姿を取り戻しすべてから解放されるのです」と話すビルテさん。後日、彼女に聞いた話によると、この時に受けたピルティスは、リトアニアではそれほど儀式的なものではなかったそうです。バスマスターが変わればアプローチもまったく異なるとのこと。もっとディープな精神世界を体験できるピルティスもあるのかもしれません。

ウィスクはバスマスターの手作り

ピルティスで使用するウィスクの作り方をビルテさんに見せていただきました。
ウィスクは白樺、樫の木、ネズの木、柏、胡桃、菩提樹、麻、フェンネルなどを組み合わせて作ります。季節によって木の種類が変わり、たとえば、柏の枝のウィスクを作るなら、葉の表が合わさるように重ねていきます。束を重ねたら麻紐でくくり、下の枝は揃えてカットします。今回はカットされた木の枝が種類別に分けて用意してありました。

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INFORMATION

INFORMATION

LOT ポーランド航空

日本からリトアニアへのアクセスは、LOT ポーランド航空の成田国際空港発、ポーランドのワルシャワ・ショパン空港経由、ヴィリニュス国際空港着の便が便利です。
https://www.lot.com/jp/en

PROFILE

鈴木幸子 Sachiko Suzuki

世界を旅するトラベルジャーナリスト&エディター。
人が好き、取材も大好き。出版社勤務や地球の歩き方編集を経て、2004年に制作会社らきカンパニー設立。年間7~8回は海外取材へ出向き、70か国以上の国を頻繁に取材している。2010年から、まちづくりにも関わっている。
通信社、雑誌、クルーズ誌、機内誌、ムック本、書籍、オンラインを含め、各メディアで執筆中。JTBるるぶ『アンコールワットとカンボジア』初版制作。著書に『HOTEL INDOCHINA ベトナム、ラオス、カンボジアのフレンチコロニアルホテル/集英社』、『100ドルで泊まれる夢のアジアンリゾート(共著)/文藝春秋』、『もち歩きイラスト会話集タイ/池田書店』、『みやざきの自然災害』などがある。
2023年春より、時事通信ニュース「あなたの旅、わたしの旅」連載中。
趣味は海外旅行。世界の路地&市場巡り。長唄三味線、川柳句会に参加すること。会社名の「らき」はギリシャ・クレタ島の地酒の名前。
宮崎県宮崎市出身。

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