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望月真理とカンタの世界 vol.3 ~長くの時間を共に過ごした関係者の思い出の言葉~

カンタ作家の望月真理先生が昨年3月に亡くなられて、1年と数カ月が経ちました。『カンタ刺繍 そのモチーフと技法 〜インド・ベンガル地方で生まれた美しい刺し子の手仕事』(誠文堂新光社刊)を出版したのが 2021年、先生が95歳の時。その反響は大きく、多数の問い合わせがありました。コロナ禍がおさまってきたところで、初心者向けのワークショップを始め、たくさんの方が集まってくださいました。そして2023年の冬のクラスの最終日を終えた翌日、静かに息を引き取られました。誰も想像していなかったことでした。最後の最後まで現役を貫いた望月先生。先生にしか描けない美しいカンタの世界。本の企画とワークショップを開催してきた編集者の菅野和子さんが、先生を偲び、先生に学んだ生徒さんやご友人、取材をした媒体の編集者の方などに、望月先生との思い出を語っていただきました。
text: Kazuko Sugano, photo: Yuko Okoso

カンタ作家の望月真理先生に学んだ生徒さん、展示会やワークショップを企画したり共に開催した友人や仲間たち、取材をした媒体の担当者、多くの方々が望月先生のご逝去を悼み、悲しみの声をあげています。

今回は、望月先生の娘さんである麻生恵さんも含めて5人の方に、望月先生との思い出を語っていただきました。

PROFILE

望月真理 Mari Mochizuki

1926〜2023年。東京生まれ、仙台育ち。東京女子大学卒業後は仙台に戻り、洋裁学校に通う。1949年結婚。夫の仕事の関係で東京に移る。西洋刺繍家のイルゼ・ブラッシ氏に数年師事しヨーロッパ 刺繍を学ぶ。
1978年、旅行で訪れたインドでカンタに出会い、衝撃を受ける。以降、カンタの調査研究のため、インドを10回以上訪問。独学で技法を学ぶ。1990年代、福島県いわき市の築300年の古民家を住居兼工房にし、2 拠点で制作および展覧会を多数開催。

望月真理と仲間達 インスタグラムはこちら

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「自分のやり方にこだわり、貫くかっこよさ」 
編集者・川田信乃さん

望月真理さんは、私の中学、高校の同級生のお母様で、そのお姿は長く拝見させていただきました。私は大学時代に望月先生からフランス刺繍を習う教室に通っていました。印象的だったのは、刺繍でよく使われる布をピンと張るための丸い枠、あれを使わなかったことですね。布が傷むからという理由で。糸や布を大切にする思いは、のちのカンタの精神につながっていると思いますが、そういうところは決して譲らない。一貫していましたね。厳しい先生ではありましたけど大好きでした。

その後、私は出版社に就職して、刺繍はやめてしまいましたが、女性誌を担当していたので先生に作品作りや取材のお願いを何度かさせていただきました。

フランス刺繍からカンタへ、しかも50歳を過ぎてからの転身に、多くの方が驚かれたと思います。「自由に刺したい」先生のその思いは、手仕事に対するまじめさ、忠実さだと私は思います。文化のつまみ食いのようなことはせず、徹底的に身を浸す。年齢を重ねても変わらないその姿を拝見してきて、「あっぱれ過ぎる」と感じていました。

ずっとお元気で、亡くなる前日まで普通にワークショップを行なっていたという先生。その存在を忘れずに伝えていくこと、先生が日本で築いたカンタを広めていくこと、それが私たちにできることであり、先生へのご恩返しかなと思います。

PROFILE

かわだしのぶ Shinobu Kawada

現在カンタのワークショップを運営する、望月真理先生の娘さん、麻生恵さんの中・高校の同級生。文化出版局に勤務し、女性誌『ミセス』を長く担当していた。在職中は望月先生の取材記事を何度か制作。


「手仕事をたくさん見て、学ぶ好奇心のかたまり」 
トライバルラグ研究者・榊 龍昭さん

中央アジアのラグを中心に世界各地の染織物、工芸品を蒐集、販売する仕事をしていますが、望月先生と最初にお会いしたのはどこだったのだろう…と考えてしまいました。
長くお付き合いさせていただきましたが、先生の膨大なコレクションを見せていただいた時は、驚きました。お互いに興味の幅が広いので、情報を交換したり、一緒に展示会を見に行ったり、友人たちと共同で企画展をしたりと、思い出はたくさんあります。

90年代から、望月先生は福島県いわき市の小川町で古民家をアトリエにしていたのですが、そこにも何度かうかがいました。家族で宿泊させていただいたりもしましたね。自然がいっぱいある場所で、食べ物もおいしかった。

先生は草木染めをしたり、地元の仲間と展示をしたりと、楽しんでいらっしゃいました。夏井川渓谷や湯本温泉も印象深いです。いわきの手仕事に関わる方々は、とても個性的で熱心だったのを覚えています。

古民家アトリエは、コロナ禍にも何回も通って片付け、お返ししました。最後に大家さんに「鍵はこれからも持っていて」と言われ感動したとお聞きしました。大量の布や民芸品を現在の鷺沼のお宅まで運んだそうです。広い古民家にたくさんのものがあったので、それらを今後、見ることができるような機会があればと思います。古民家に集まって活動いらした皆さんも、それぞれ個性的で豊かな表現をされていました。

歳を重ねられても先生の好奇心は失せることなく、いろんな場所でお会いしました。研究や読書も幅広くされていて、その知識の深さには驚かされることが多々ありました。もうお会いできないのは残念ですが、多くの方の心に残る存在だと思います。私も忘れることはないと思います。

いわきの仲間たちと企画した展示会の様子をコラージュ。たくさんの作品が並べられた。

さかきたつあき Tatsuaki Sakaki

絨毯を中心に、世界の工芸品を蒐集、研究するトライブ主宰。歴史や由来、文様や色彩など、独自の視点で語るトークも人気が高い。望月先生と横浜で展示会やワークショップを展示するなど、ジャンルは違えど親しく交流を続けた。

トライブ 公式サイト http://tribe-log.com


「多くを語らなくても、わかり合えた仲間」 
石見銀山 群言堂・松場登美さん

談笑する望月真理先生と松場登美さん。

島根県大田市の石見銀山にある、群言堂の本店を運営しています。望月さんが亡くなる少し前にも、展示やワークショップをしていただきました。

最初にお会いしたのは、大田市で開催された「インドの手仕事展」だったと思います。90年代だったでしょうか。そこで話しかけたのですが、私の印象は、「うわべだけの会話ではない。言葉が生きている」というものでした。その人柄にすぐに引き込まれて、自宅にお誘いもしました。それ以来のお付き合いです。

インドの話もたくさん聞きましたが、忘れられないのが、インドの山奥の村で、日本の菓子パンの外袋についていた針金のテープを子供にあげたところ、その後、その子がテープを耳飾りにして訪ねてきてくれたという話。心を動かされたのを覚えています。

長年忙しく働いてきましたが、望月さんに教えていただいたカンタの精神は私に強く響き、今後は「つくろいの文化」というものに関わっていこうと思っています。古いものを大切にする心を、言葉でなく共感することができた数少ない方と思います。

画家、陶芸家の額田晃作さんの著書『ぼろの美 襤褸残照』(清文社、2000年 *現在入手できるのは青幻舎版 2022年)に心酔したのも、望月さんに出会ってからです。今後、「つくろいの文化」をどう伝えていくか、私の課題となっています。

松場登美さんの著書『過疎再生〜軌跡を起こすまちづくり』(小学館 、2021年刊)

まつばとみ Tomi Matsuba

世界遺産・石見銀山の山のふもとを本店とする群言堂を拠点とし、「小さな地方だからこそできるブランディング」にこだわり、生活文化を研究、提案している。本店のある大森は人口400人の小さな町だが、環境や町づくりの魅力に惹かれて移住をしてくる若い世代も多い。

群言堂 公式サイト https://www.gungendo.co.jp 


「魔法のような手の持ち主と感じました」 
『ハルメク』副編集長・岡島文乃さん

市販をせず、読者に直接届く雑誌『ハルメク』を編集しています。

おかげさまで、シニアの女性たちに支持されていますが、2019年、そのインタビュー記事に登場していただいたのが望月真理さんです。他の雑誌に掲載されているのを見て、「素敵な生き方をしていらっしゃるなあ」と感動し、ぜひ取材したいと思いました。

最初にお会いした時の印象は、とにかく「凜としている」ということ。90歳を過ぎられても、普通に会話ができ、時に冗談を言ったりと、その若々しさに驚きました。そして歴代の作品を見せていただき、「魔法のような手を持っているんだなあ」と素直に思いました。

カンタは作品ではなく「使うためのもの」とおっしゃっていたのも印象に残っています。インドでカンタが廃れていくのが「哀しい」とも。

記事の反響は大きく、問い合わせも多かったです。「カンタ」を初めて知ったという読者も多く、「やってみたい」という声も聞かれました。日本という国で、他国の民芸であるカンタを広めた望月さんの仕事は、もっと評価をされて然るべきものと思います。カンタを始める若い方も増えていると聞きますし、新しい広がりを感じることができます。このように継承されていくことは、望月さんも喜んでいるのではないでしょうか。

『ハルメク』は、これからも自分らしさを大切に生きたいシニアのための記事を作っていきたいと思っています。すてきなインタビューができたことを感謝しています。

おかじまあやの Ayano Okajima

定期購読誌『ハルメク』副編集長。販売部数45 万部以上、シニアの女性たちに圧倒的支持を受けている雑誌。テーマを厳選し、読者の声を徹底的に聞き、生かした記事作りに定評がある。

ハルメク公式サイト https://halmek.co.jp


望月真理の遺したものを多くの方々に見ていただき伝えていく場を
麻生恵さん

最後にカンタのクラスやワークショップ、そして望月真理先生のコレクションの展示を企画運営する麻生恵さんにお話を伺いました。

「私自身はガーデンデザイナーですが、昔から手仕事は大好きです。そして実はカンタも刺します。長く母の手仕事を見、母と同じ家に暮らしてきたからこそ伝えられる世界があると思います。
暮らしの中の手仕事でありながら、その芸術性の高さが人々を魅了するカンタが静かな広がりを見せています。インドでも本当のカンタが廃れてしまった中で、調査、研究、制作に50年をかけた母の存在はとても大きいです。

母はカンタのみならず、アジアの少数民族の手仕事のコレクションも多く、少しずつインスタグラムギャラリーの中でご紹介していきたいと思っています。@kantha_garden 望月真理+麻生恵
また、母のカンタを伝える仲間たちの作品のギャラリーも企画して参ります。@kantha_mari_nakama 望月真理と仲間たち
ワークショップやカンタクラスでは、数多くのコレクションや作品を表も裏も触ってOK(手袋使用ですが)、写真もOKです。本物に触れて、本物から学ぶ、それがとても大事だと考えています。

最後の 10 年、母の車椅子を介護の方と共に押しながら、多くの美術館に出向きました。山深く緑に抱かれた石見銀山群言堂で、個展を開かせて頂き、松場大吉さんや登美さんと楽しい時間を過ごしました。
また、銀座で今でも手動式エレベーターが動く奥野ビルのギャラリーでも個展のお誘いを頂いたりと、今思うと、本当に豊かな時間でした。

カンタを初めて見たインド旅行中、滞在したホテルで見様見真似で刺したという最初のカンタの作品。
「象は森の王さま」(部分)は、コロナ禍、幸福の象徴である象に、早く平和が戻りますようにと祈りを込めた、望月真理94才の時の作品。

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PROFILE

菅野和子 Kazuko Sugano

手仕事をメインにした編集者。望月真理先生に出会い、作品を1冊にまとめたいと奔走し、『カンタ刺繍 そのモチーフと技法』を編集。望月先生のトークやイベントも開催。
その他の編集本に『ミャオ族の民族衣装 刺繍と装飾の技法』鳥丸知子、『旅と刺繍と民族衣装』東欧民芸店クリコ、『かわいいミラー刺繍』宮内愛姫(いずれも誠文堂新光社刊)などがある。
手仕事のコミュニティ、旅とテキスタイル主宰。

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