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編集者・ライター 中田早苗さんのおすすめ『LATVIEŠA CIMDI』

photo, text: Sanae Nakata, Illustration: pan-to-tamanegi

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チャンスの神様には前髪しかない。それは古代ギリシアの詩を由来とした言葉。チャンスは訪れた時にすぐ掴むべきものであり、追いかけて掴めるものではないという意味。すぐ手を出せないのは、己にその準備ができていないからだと、この仕事につく前に贈られた厳しいエールを、今も思い出すスロースターターの編集者です。時を経て、最近はとりあえず掴んでから考えてみようか、とも思えるようになりました。

Q

中田さんのおすすめの本について聞かせてください。

『LATVIEŠA CIMDI』( Maruta Grasmane/SENĀ KLĒTS/2012年)

暮らしの中に豊かな手仕事が残る、ラトビア。この国はフィンランドからバルト海を挟んで対岸にある、バルト三国の中央にあります。『LATVIEŠA CIMDI』は、ラトビアに残る伝統的な手工芸のひとつ、手編みのミトンを後世に伝えるために作られた本です。すでに7か国語に翻訳されていますが、これは2012年に出版されたラトビア語の初版になります。著者は民俗学者のマルタ・グラスマネさん。ページを開くと170を超える伝統パターンや歴史的な背景など、魅力的な情報が溢れ出します。そしてそれらがこの国に残るミトンの、ほんの一部だという事実に心が震えた1冊です。

『LATVIEŠA CIMDI』

Q

この本のどんなところが心に残ったのでしょうか。

この本との出会いは、初めてラトビアを訪れた2012年12月のこと。まさに『LATVIEŠA CIMDI』が出版された年で、版元のセナー・クレーツは、著者のマルタ・グラスマネさんが1991年(ラトビアが旧ソ連から独立の回復を果たした年)に設立した民族衣装センターでした。このお店を訪問した際、残っているのはあと2冊と言われ、迷わず手に入れた1冊がこの本です。当時、編集中だった『世界のかわいい編み物』(誠文堂新光社刊)を通して、ラトビアのミトンの良さを知りましたが、現地でのリアルな体験はその印象を軽く超えてしまいました。そしてこの時、ラトビア人のミトンへの想いと、書籍によってその伝統を後世へ伝えていこうとする取り組みを知り、改めて本が持つ価値と役割というものを感じました。

Q

現在のお仕事・ご活動、ものづくりにはどう繋がっていますか。

興味を形に。翌年2013年に『ラトビアの手編みミトン』(誠文堂新光社刊)を作る最終的な決め手になったのもまた、この本との出合いだったと思います。編集作業は手探りの連続で、それはたくさんの方々に助けていただきました。今も感謝の気持ちでいっぱいです。そして当時の熱量と経験は間違いなく、後の糧になっていて、「海外取材をして本を作る」というスタイルが、その後、数年続きました。1冊の本と出合ったことで私の世界が広がったように、「こんなものがあるんだ」と誰かの興味の扉を開くきっかけになる本を作れていたら良いのですが。

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最後に、手芸・手仕事・ものづくりの魅力はなんだと思いますか。

「山路を登りながら考えた。智に働けば角が立つ。」で始まる夏目漱石の小説『草枕』。有名な冒頭を少し読み進めると、こんな言葉が出てきます。「越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容で、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。/『草枕』(新潮社)より抜粋)」。人によっては、それが手芸や手仕事、ものづくりであり、だからこそ惹かれてやまないのだと思います。

自宅の本棚。

PROFILE

中田早苗

手芸関連の雑誌、書籍を中心に、フリーランスのエディター、ライターとして活動。初心者向けのニット本や『ラトビアの手編みミトン』『エストニアの手編みこもの』(ともに誠文堂新光社)、『LATVIEŠA CIMDI』(セナー・クレーツ)の日本語版『ラトビアのミトン』の和訳編集を手がける。『中欧・東欧文化事典』(丸善出版)への寄稿のほか、『ラトビアのミトン200』(誠文堂新光社)では、エディトリアルトリオ・LIEPA(リエパ)で編集を担当。近年は spārni(スパールニ)の名前でワークショップや作品提案も行う。

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