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写真家松本のりこさんのおすすめ『父の詫び状』

photo, text: Noriko Matsumoto, Illustration: pan-to-tamanegi

写真を撮り始めて、20年以上になります。私が撮り続けてきたのは、人々が営む日々の暮らし、生きる風景、そして彼らのものづくり。雑誌の連載や手芸本を通じて、日本各地の様々な作家さんの手仕事と、彼ら彼女らのものづくりに向けた感情を、写真に収めてきました。私自身、いまもフイルムで写真を撮り、自宅の暗室で一枚いちまい印画紙に焼き付けているような手仕事の人です。

Q

松本さんのおすすめの本について聞かせてください。

手芸や手仕事の作品を撮るときに心がけているのは、その作品の向こう側にある作る人の生活や、使う人の生活が想像できる写真にすることです。その「生活」を知るための気づきを与えてくれたのが、向田邦子さんのエッセイ『父の詫び状』(文藝春秋 / 1981年12月25日)でした。彼女のエッセイはいくつか読んできましたが、やはり初めて手に取ったこの本が、ずっと心に残っています。

photo by Noriko Matsumoto

Q

この本のどんなところが心に残ったのでしょうか。

向田エッセイの傑作といわれるこの本は、多くの人が読んだことがあるだろうと思います。戦中戦後の暮らしぶりや家族とのやり取りが切り取られ、一つ一つ目に浮かぶような文章で綴られています。くすっと笑えたり、泣いてしまったり。読んでいるといろんな感情が掻き立てられ、最後には前向きな気持ちになれる。この本は、私の若い頃からの心の安定剤のような存在でした。個人の生活と感情を、こうやって文字に残す意味を、この本を通じて教えられたとも思っています。

Q

現在のお仕事・ご活動、ものづくりにはどう繋がっていますか。

私の写真づくりは、過ぎ去り無くなっていくものや、大切な時間を記憶しておきたいという感情から始まりました。人と暮らし、手を動かし、大切なものをはぐくむ。誰もが変わりない日々を生きる中で、その思い出の一つひとつが磨かれ、やがて輝かしい宝物に変っていく。向田さんの本を読み返すたびに、そのことを再認識させられます。
写真家である私は、写真を通じて人々の暮らしの一瞬を残すことで、その背後にある日々の営みや、様々な感情も記録し、それを人に伝える糧となればよいと思っています。

Q

最後に、手芸・手仕事・ものづくりの魅力はなんだと思いますか。

私の実家には、母の足踏みミシンがあります。母は洋裁の仕事をしていて、小さな頃はカタカタとなるミシンの音を聴きながら、母のそばにいるのが好きでした。一枚の布から魔法のように素敵な洋服が出来上がっていく景色に、胸を躍らせたものです。
もう80歳になる母ですが、いまでも現役で、カタカタと音を鳴らしています。手を一心に動かして何かを生み出す「ものづくり」は、生活を支える糧であって、心を静める糧でもあると思います。
ものを作り続けることで、人はそこにあった思いを込め、人に伝えることができる。手仕事には、そんなちからがあると思います。

PROFILE

松本のりこ Noriko Matsumoto

写真家。1978年大阪生まれ。2002年ビジュアルアーツ専門学校 大阪写真学科卒業。スタジオ勤務を経て2007年独立。フォトグラファーユニット七雲などで活動。現在フリーランスとして活動中。人と暮らしをテーマとし、人物・風景・手仕事などを撮り続けている。撮影:『暮しの手帖』連載『てと、てと。』(写真:松本のりこ/ 文:渡辺尚子)、『民藝の教科書』①〜⑥( 著:久野恵一)、その他、手芸にたずさわる書籍の撮影多数
写真家 松本のりこ (matsumotonoriko.jp)

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