陶芸家・ニットデザイナー関口佳那さんのおすすめ『バムとケロのにちようび』
西荻窪で陶芸作家をしながら、手編みセーターのブランド『amuamu』のデザイナーをしています。編み物は新卒OL時代に、YouTubeを見て独学で始めました。ミーティング中もカメラをオフにしてこっそり編むほど夢中になりました。『ずっと編み物だけしていたいな〜。』と思っていた過去の自分のような人が、「編み物を仕事にできたら」そんな思いで、趣味で始めたセーター屋さんから『amuamu』を立ち上げ、今は11人のニッターさんとセカンドハンド毛糸を使った一点物セーターを製作しています。
Q
関口さんのおすすめの本について聞かせてください。
『バムとケロのにちようび』(島田ゆか/文溪堂/1994年9月)
小学校から帰ってきて、お茶とクッキーをサイドテーブルに用意して、この本と一緒にフカフカのベッドにもぐる時間が何よりも好きでした。子供なりに人間関係の悩みもいろいろあるもので、そんな時にもベッドにもぐってこの本を読んでいる時だけは、外の世界の雑音がシャットアウトされた繭の中にいるような気持ちになれたのです。OL時代に私が編み物の世界に逃げ込んだ時も、まったく同じ気持ちでした。
通勤中に涙がつーっと勝手に流れてくるような毎日の中、編み物をしている時だけは、暖かくふわふわのベッドの中で大好きな絵本を読んでいたあの時と同じ、繭の中にいるような気持ちになれたのでした。
Q
この本のどんなところが心に残ったのでしょうか。
絵本の中で、バムとケロはずーっと手を動かしています。部屋の掃除をしたり、ドーナツを揚げたり、お風呂に入ったり。抽象的なことは何もなく、ただ素敵な家具や道具に囲まれたお家の中で、バムとケロがせっせと手を動かしているのを眺めていると、不思議と心が落ち着きます。
バムが素敵なキッチンでドーナツ生地をこねたり揚げたりするように、私も素敵なアトリエで、毛糸を編んだり土を練ったりして暮らしたい。東京の大学に進学して、キラキラしたOLライフに憧れたこともありました。でもこの本を読んで小さい頃と変わらず心がときめくたび、私の生活の理想はずっと変わらずこれなんだということを、つくづく感じさせられます。
Q
現在のお仕事・ご活動、ものづくりにはどう繋がっていますか。
編み物も陶芸も、私にとって単なるものづくりではなくマインドフルネスの実践です。心がポロポロと崩れ落ちていったOL時代。編み物をしている時だけは明日の仕事のことも忘れ、チームスの更新音も聞こえない世界で守られているような気持ちになれました。私の最初のセーターはそんな場所から生まれました。
OLを辞めた後、知人の地下のバーで開催したはじめてのセーターの個展は『My Secret Cave(私の秘密の洞窟)』と名づけました。心地よいバムケロの世界に逃げ込んだベッドの中。編み物の静かさに浸った時間。私を守ってくれたマインドフルネス空間で作られたセーターが、「寒い朝も誰かをふわりと温めますように」そんな気持ちでつけた名前です。
Q
最後に、手芸・手仕事・ものづくりの魅力はなんだと思いますか。
バムとケロのように、一日中スマホもチェックせず、明日の仕事のことも考えず、日曜を過ごせている人は一体どれくらいいるでしょう。
私のアトリエでは週末に編み物と陶芸のワークショップをしています。お客さんはいつも、「こんなに長時間スマホも触らず無心になったの、いつ以来だろう」と仰います。坐禅が難しい人にも、編み物は心を無音にするメディテーションになります。
どうあるべきとか、どうするべきみたいな雑音をシャットアウトして、心の中の6歳の自分に問うんです。どんな絵本が好きでしたか。どんな時に夢中になれますか。ほんとはどんな暮らしがしたいですか。