「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.17 ハーブティーのある暮らし
ラトビア人とハーブティー
日本人がお茶をごくごく飲むように、ラトビアでは“Zāļu tēja(ザーリュ・テーヤ)”、ハーブティーが常飲されています。ラトビア人のお宅を訪問すると、まず出てくるのが手作りのお菓子と飲み物。「コーヒーにしますか? お茶にしますか?」と聞いてくれますが、この場合のお茶とはハーブティーのこと。私はいつも迷わずハーブティーを選びます。ほかの飲み物よりもラトビアの食べ物に合う気がするのです。
ラトビア人の生活に深く根差しているハーブティー。特筆すべきは誰もが有しているその知識です。庭ではペパーミントなど数種類のハーブを植えていて、森を一緒に散歩すると「これは消化器官によいハーブ」「リラックスしたいならこれ」などと教えてくれます。子どもたちは物心つく前から親と一緒に森に行くので、おのずと知識も継承されていきます。森や畑で収穫した何種類ものハーブをストックし、効能を使い分けながら、普段の暮らしの中で飲んでいます。ラトビア人はみんな薬草博士なのです。
ほんのりと甘い香りが漂い、優しい味がする菩提樹の花のハーブティーは特に人気があり、開花すると多くの人がいそいそと収穫します。ラトビアのフォークロアの世界では、女性の象徴とされる菩提樹。その花をハーブティーにして飲むと、血管や心臓の機能を整え、精神を落ち着かせてくれるといわれています。
通常、ハーブティーは乾燥茶葉をポットやカップに入れてお湯を注いで飲みますが、夏場はフレッシュなままで飲むのが一般的です。中央市場をのぞいてみると、夏とそれ以外の季節での違いがわかります。また、甘みを足したい時は、砂糖でももちろんいいのですが、蜂蜜を入れるのがラトビア流。ハーブティーと同じく、蜂蜜もまたどの家庭でも常備されていて、親族に一人は養蜂家がいるといっても過言ではないほど身近にある食材です。庭で採れたハーブと自家製蜂蜜を組み合わせたハーブティーも普通のことで、食文化の豊かさを感じます。
数え切れないほどの種類がそろうラトビアのハーブティー。漢方薬のように、薬としてその効能を活用することも多いです。何年も前のことになりますが、ラトビアで友人に「菩提樹の花のハーブティーを買いたいけれど、どこのメーカーがおすすめ?」と聞いたところ、真っ先に連れて行ってくれたのが薬局でびっくりしました。痛み止め、胃もたれ用など、効能別にブレンドされたハーブは薬局で売られていて、体調を相談しながら買うことができるのです。
ハーブの博物館と薬草酒
リガ旧市街の中心地にある「Farmācijas muzejs」(薬学博物館)に行くと、ラトビア人がハーブをお茶としてだけではなく、草花の力を薬としていかに昔から活用してきたのか、その歴史がよくわかります。希少な薬草も採れるラトビアでは、今でも薬学のレベルが高く、多くの留学生が学んでいるそうです。
また、ラトビアに行った際にお土産としてもおすすめしたいのが「Rīgas Melnais Balzams」 (リガ・ブラック・バルザム)という薬草酒。ごく一部の人しか知ることを許されていないという門外不出のレシピは、18世紀に作られたもの。24種類のハーブが使用されているラトビア名物のお酒です。ラトビアの人々は、このバルザムを風邪予防として一口飲んだり、ジュースで割ってカクテルとして楽しんだりしています。アルコール度数は45度(!)もありますが、自然由来のおかげか、アルコールに弱い私でも悪酔いすることはありません。喉に熱いものが通ったあとに、身体がぽかぽかしてきて、元気がみなぎってきます。
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INFORMATION
PROFILE
溝口明子 Akiko Mizoguchi
ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。