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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.16 ラトビア式サウナ「ピルツ」の楽しみ方

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

ラトビアの伝統的な蒸し風呂方式のサウナ

ラトビアには古くから継承されてきた風習がたくさんあります。そのうちの一つが「Pirts(ピルツ)」。蒸し風呂方式のサウナのことで、ラトビア人が愛する伝統的なリラクゼーションです。
その歴史は古く、考古学的発掘から8~9世紀には既に存在していたと考えられています。ラトビアの民謡でも多くのフレーズが使われていて、「Pirtī eimu, pirtī teku, Pirtī mana dzīvošana.-ピルツへ行こう、ピルツで流れよう、私の人生はピルツにある」などと歌われています。

ピルツ小屋と池はセット。前回紹介したKalndaķi(カルンダキ)にて撮影。

ピルツは、薪を燃やしながら時間をかけて温められた専用の木造小屋で行われるのが一般的です。室内にはベンチ、積み上げられた石、水桶などがあり、石は室内の熱であつあつになっています。ベンチで温もりながら、時折りこの石に水やお湯をかけます。すると、即座に目を開けていれないほどの高温の蒸気が部屋いっぱいに広がり、身体中が熱い湯気で包まれます。
Pirtsslota(ピルツスルアタ)という、葉っぱがついた状態の木の枝の束も必須アイテムです。“はたき”のような形状をしたピルツスルアタを振りかざすことで、室内の空気が均一に混ざり、森の香りのようなアロマ効果が生まれます。また、ピルツスルアタでペチペチと身体を叩くことで、血行を促進し、マッサージの役割も果たします。このピルツスルアタは樹種によって効能が変わり、例えば、白樺製には炎症の緩和効果が、菩提樹製には美肌効果があるといわれています。ほかにも重要なアイテムがあります。それはフェルトでできた帽子。ピルツで温まる際にはフェルト帽を必ずかぶります。帽子をかぶっての入浴に最初は抵抗がありましたが、すぐにその意味がわかりました。帽子があるのと無いのとでは大違い!熱から頭部を守ってくれるので、室内が熱くても快適に過ごせます。

ピルツの室内にはベンチ、山積みの石、水桶、ピルツスルアタが並ぶ。©ayako hachisu
作りたてのピルツスルアタの山。
何だかかわいいフェルトの帽子。©ayako hachisu

身体が熱くなったらピルツ小屋を飛び出して、近くの池につかってクールダウン。ピルツと池を往復することで血行がよくなり、身体がぽかぽかになります。初めて池に飛び込んだ時はドキドキしましたが、火照った身体を自然の中で冷やすのは最高に気持ちがよかったです。こうして、途中で水分補給などの休憩をはさみながら、何時間もかけて蒸し風呂での温浴と水場での冷却を繰り返すのがラトビアのピルツです。

伝統的にピルツとは単なる「お風呂」としての役目だけではなく、出産に使われたり、母親が嫁ぐ娘を清めたり、亡くなった家族の身体を整えたりと、人生の節目のさまざまな儀式の場としても使われていました。また、夏至や冬至といった季節の祭祀でもお清めの場として活用されました。このような儀式としてピルツに臨む場合は、厳粛なプロセスで行われる必要がありました。
その一方で、ピルツ室の構造を利用して、穀物を乾燥させたり、燻製小屋として使ったり、生活に密着した場所でもありました。「ラトビア人は頻繁に、ほぼ7日ごとにピルツに入る」という記述も残っており、古代からラトビアの人々にとってピルツはまさになくてはならないものだったのです。

スーパーでは普通にピルツ用品が売られている。

今でも、心身を整える正統な入浴法でのピルツが実施されていますが、まずは多くのラトビア人と同じように気軽に楽しんでみてください。「蒸し風呂→池で泳ぐ」を時間をかけてゆったりと何度も繰り返すと、身も心も本当にリフレッシュできます。カントリーサイドで入るピルツは、前回紹介したKalndaķi(カルンダキ)のほか、ラトビア全土で楽しめます。またリガ市内には、さすがに池はないものの、公衆浴場のようなピルツがたくさんあるので、手軽に利用できます。ピルツスルアタや帽子などはたいてい借りることができるので安心です。旅の疲れも吹っ飛びます。

何度もピルツに入りましたが、一番印象深かったのは友人のサマーハウスのピルツ。ラトビア東部ラトガレ地方の小さな町、リーヴァーニ。その中心地から遠く離れ、15km圏内に隣家もない立地にあるサマーハウスで泊まったときのことです。
このサマーハウスは、ピルツ小屋から池までの距離が遠く、小屋を出ると町灯りなどない真っ暗な森を通り抜ける必要がありました。ピルツでほかほかに温まったあと、ちょうど新月で闇夜に拍車がかかって何も見えない森を、友人が手を引いてくれて歩きはじめました。足元がまったく見えず、頼りになるのは繋いでいる友人の手だけ。一歩一歩恐る恐る足を出し、とても長い距離を歩いたような感覚になりました。
ようやく森を抜け、勇気を出して暗闇の池にドボーンと飛び込みました。池の中は冷たくてひたすら心地よく、ぷかぷか浮かんでいると次第に暗さにも目が慣れてきました。すると、自分が抜けてきた森のシルエットが闇に浮かんできました。そして視線を森から上にずらし、空を見上げるとそこには満天の星空が!!!
真夜中に池の中から眺めた森のシルエットと、その上で無数の星が煌めく夜空は、生涯忘れないであろう光景でした。

真夜中にピルツのあとに飛び込んで絶景を見た池。

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PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

http://www.subaru-zakka.com/

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