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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.14 ラトビアの伝統的な春分祭とイースター

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

春分祭

3月のラトビアはどんよりとした日も多く、日本人の体感的には冬。ですが、真冬とは異なり明るい時間が日ごとに長くなるので、本格的な春が近づいていることを感じます。

3月のラトビアは冬の終わりと春の気配が拮抗した雰囲気。

緯度が高いため、夏季と冬季で日照時間が大きく異なるラトビアでは、古来から太陽の動きが重要視されてきました。太陽の軌道に合わせて一年を立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至の八つに分け、その節目に祭祀を行い、農作業の目安にしてきました。
ちょうど今日(3月20日)は春分の日。ラトビア語ではLielā Diena(リエラー・ディエナ)といいます。昼と夜の長さが等しくなる春分点を境目にして、夜よりも昼間の方が長くなる春分は、光が闇に勝利したことを祝う日なのです。

ラトビアでは、春分の日の前の日曜日をPūpolu svētdiena(猫柳の日曜日)、木曜日をZaļā ceturtdiena (緑の木曜日)、金曜日をLielā piektdiena(大きな金曜日)、土曜日を Klusā sestdiena(静かな土曜日)といいます。特に「猫柳の日曜日」が興味深く、猫柳の枝の束を手にして、「猫柳のように丸く、小枝のように柔らかくあれ!病気は外へ、健康は内へ!」などといいながら、家族のお尻をその束で叩きます。猫柳の花穂は、長い冬が終わって最初に太陽の光を受ける大きなエネルギーを持つ存在で、春や豊穣の象徴とされています。また、その花穂の丸さと枝のしなやかさが、健康であることを表していると考えられているのです。「病気は外へ、健康は内へ」のフレーズは、まるで日本の節分の豆まきで唱える「鬼は外、福は内」のようです。

この時期になると、いたるところで猫柳の束が売られている。

春分祭で欠かせないものの一つが卵です。ラトビアのフォークロアの世界では、卵は春と太陽の象徴とされています。光と暖かさをもたらす太陽は、健康や富の象徴ともいえます。ラトビアでもイースターエッグさながらに、春分の前日に卵の色付けを行います。

ラトビアの”イースターエッグ”。

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ラトビアの“イースターエッグ”は玉ねぎの皮で着色します。小さなガーゼに玉ねぎの皮を敷いて殻付きの生卵を置きます。模様を付けるために、葉っぱや木の実なども一緒に添えておきます。

それらをガーゼで包み込み、ほどけないよう紐でしっかりとグルグル巻きつけます。

ガーゼごと鍋に入れて、固ゆで卵になるまで茹でます。

茹であがったら鍋から取り出して、紐とガーゼを外したら、赤褐色に染まった“イースターエッグ”の完成です。

ラトビアではこの卵を使って「Olu kauja(卵の戦い)」を行います。二人一組になってそれぞれが作ったゆで卵をコツンとぶつけ合い、割れなかった方が勝ちというゲン担ぎのような遊びで、勝者は願いごとが叶うといわれています。「卵の戦い」以外にも、卵を使った遊びやならわしの種類はかなり多く、民謡でも数多く歌われています。

卵を転がす遊びに興じる子どもたち。

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また、ブランコも春分の重要なアイテムです。古くは、春分祭のために丘のてっぺんに特別にしつらえたブランコが作られました。丘の上の最高地点は、天空と天空に住まう神々に一番近いポイントとされていたからです。力強く上へ上へとにスイングする動きは、作物の成長を促し、生物の繁殖能力をも促進すると考えられてきました。

ブランコで揺れる子どもたち。

“イースターエッグ”もブランコ漕ぎも、現在でもラトビアのこの時期の風物詩です。一方で、いわゆるイースター(ラトビア語ではLieldienas/リエルディエナス)も同じような方法でお祝いされます。毎年日付が変動するものの、イースターと春分祭は時期が近く、口承でのみ伝えられてきたラトビア古来の意味をもつしきたりが、13世紀初頭から始まったキリスト教化の影響で、キリスト教徒の手によって文字として記録されたために二つの祝祭のことが混ざってしまったと推測されています。このように、自然信仰とキリスト教が混在しているように感じるところが、ラトビアのユニークなところです。

春分祭やイースターが近付くと、関連したマーケットやワークショップなどがあちらこちらで開催されます。加えて、この時期特有のお楽しみがウインドウショッピングです。業種を問わず、あらゆるお店でイースターの愛らしいデコレーションを見ることができるので、春の到来の喜びとあわせて、いつも以上に街歩きが楽しくなります。

春分祭にあわせて、ラトビア野外民族博物館では市が立っていた。
イースターのイベントを楽しむ子どもたち。
店先のデコレーションもこの時期の楽しみの一つ。

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PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

http://www.subaru-zakka.com/

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