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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.13 職人さん探訪記その5 バスケット職人ウルディスさん

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

ラトビアを代表する手工芸品である柳編みのバスケット。丈夫で耐久性のある美しいバスケットは、日常で使うことで暮らしを豊かにしてくれます。今回紹介するウルディス・クルーミンシュさんは腕利きのバスケット職人の一人。ですが、もうこの世にはいません。ラトビアの職人さんの歴史の一幕に、ウルディスさんという優れた職人さんがいたことを記録として残したいと思い、この記事を綴ります。

民芸市に出店していた在りし日のウルディスさん。

ラトビアの古都ツェースィスにあるウルディスさんのご自宅兼工房を初めて訪れたのは2017年、まだ雪が残る初春のことでした。お会いした時の第一印象は「寡黙な職人さん」。あまりたくさんお話しすることはできなかったのですが、ウルディスさんが編んだバスケットの山や家の中に散らばる日常生活の息吹に、実直であろう人柄を感じました。

すべてウルディスさんが編んだバスケット。

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ウルディスさんのバスケットは、一目見ただけでも頑丈であることがわかります。太めの柳の枝を割くことなくそのまま編むのはかなりの力仕事。それでも端正に編み目が揃い、質実剛健という言葉が頭に浮かびます。今回の記事を書くにあたり、奥さまのイヴェタさんにインタビューをしたところ、ウルディスさんの人となりからくる作風があらためて鮮明になりました。

ウルディスさんは若い頃、油絵を描くことに情熱を注いでいたそうです。その道で芸大への進学を考えていたほどでした。その後、イヴェタさんが妊娠。絵具特有の強い匂いが妊婦であるイヴェタさんの身体に悪影響を及ぼしたため、ウルディスさんは何かほかにできることがないか探し始めたそうです。ちょうどその頃、イヴェタさんのお父さまの友人がリガにあるバスケット工房ティーネで働いていて、タイミングよく入門コースがスタートすると聞き、興味を持ったウルディスさんはそのコースに通い始めました。これが1982年の出来事。バスケット職人の道への第一歩となりました。ウルディスさんはバスケット編みがすぐに好きになったといいます。

ウルディスさんは左利きだったため、通常と逆向きに編み目が進行している。

バスケットの品質を保つために先生はとても厳しく、20人の参加者のうち無事に編み上げることができたのはウルディスさんを含むたったの3名だったそう! ウルディスさんは先生と同じように厳密に品質を保つよう努め、先生から教わったことをよく振り返っていたそうです。さらに、ウルディスさんにはバスケットという立体の形を作り上げるセンスが備わっていたので、さまざまな形のバスケットを生み出すことができました。これについてイヴェタさんは、「造形のセンスは芸大進学の準備をする段階でスキルが培われたのではないか」と推し量ります。ウルディスさんは生前、「忍耐力こそがバスケット職人にとってもっとも重要な資質だ」と何度も語っていたそうです。

黒色はソーダ水に浸け込んで、灰緑色は石の粉を溶かした水に浸け込んで着色している。

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若い頃、ウルディスさんは運転手として昼間は働き、夜にバスケットを編んでいました。ラトビアが旧ソ連から独立を回復した激動の90 年代初頭には、さまざまな仕事に就き、編んだバスケットはリガ旧市街のサロンで販売されていました。その後、バスケットを編むことがウルディスさんの生活の糧になりました。

イヴェタさんは回顧します。「満足感を得ることができる何かをすることは、神様からの贈り物といえます。ウルディスにとってバスケット編みがまさにそうでした。また、人生のパートナーとして、ウルディスは退屈な人ではありませんでした。彼の語彙は広く、常に自分の意見、主張を持っていました。一日中怠けて過ごすことができず、いつも手と頭が動いていました」。

作業の準備に取りかかるお元気な頃のウルディスさんの様子。

そんなウルディスさんでしたが、難病の末、64歳でこの世を去りました。10年来の友人であるダイナさんはいいます。「ウルディスは深みのある人でした。言葉で表すなら、直接的で厳格、正直です」。
私がウルディスさんに会えたのはわずか数回ですが、それでもお二人のいうことがよくわかります。私が感じたウルディスさんもまた「信念の人」でした。

ウルディスさんの死後、イヴェタさんから譲ってもらった遺作のバスケットは私の店でも大切に使っています。

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PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

http://www.subaru-zakka.com/

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