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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.12 格別の手仕事、ラトビアの手編みミトン

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

生活の一部として伝えられた手編みミトン

長くて寒いラトビアの冬には温かい防寒具が欠かせません。そのためラトビアでは、編み物の技術は秀でた職人さんによる特殊技能としてではなく、一般家庭のなかでごく普通に伝えられてきました。
ラトビアにおける編み物の歴史は古く、10~11世紀の埋葬地から既に編み地の断片が見つかっています。現在と同じように五本針で編む技法のミトンと手袋は、15世紀のものが発見されていて、これは北欧と東欧において最古と推測されています。

ラトビアを代表するニッターの一人、スカイドリーテさん。
スカイドリーテさんが一人で編み上げたミトンのツリー。

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数ある編み物の中でも、さまざまな理由からミトンは別格の存在といえます。
その昔、ラトビアではプロポーズを受けた女性は、「はい」と返事をするのではなく、手編みのミトンを男性に贈ることで肯定の意思を示しました。また、お嫁入りの際にはTĪNE(ティーネ)という長持に、織物などの調度品とともに数百組のミトンを詰める必要がありました。編まれるミトンは全て柄違い、さらに美しければ美しいほど良いとされ、結婚式の参列者へ引き出物としてプレゼントされました。

華麗なミトンは、結婚式のほかにも出産や洗礼、お葬式など、人生の節目の様々な儀式のために編まれてきました。比較的地味なミトンは、農作業や力仕事のために編まれてきました。もちろん手元を彩る防寒具として、時には二重にしてより保温性を高めながら、ミトンは編まれてきました。ミトンにまつわる民謡や伝説も数多く残っていて、いかに古来からラトビア人の生活に密着した存在だったかがわかります。

婚約が成立した瞬間が演じられている劇の一幕。
調度品とともにミトンが詰め込まれた長持、TĪNE(ティーネ)。

三角頭がかわいいラトビアのミトン。無地のものは存在せず、編みこまれている柄に特徴があります。昔からラトビア人は、太陽や月、雷といった自然を敬慕の対象として神様のようにとらえ、それぞれを文様化して工芸品のデザインに活用してきました。ほかに、ラトビア固有の神話に由来する神様も存在しています。これらのパターンを幾何学模様のように組み合わせて編まれています。また、身近な存在である花や植物のモチーフもよく用いられます。
ラトビアは4つの地方に分けられますが、柄や色合いに地方ごとの特色が見受けられます。列挙するのはあくまでも一例ですが、ラトビア北部ヴィゼメ地方では羊毛本来の自然な色合いが好まれ、白と青、白と赤などの取り合わせが多くありました。ラトビア東部ラトガレ地方は文様のバリエーションが豊富で、手首に技巧が凝らされています。ラトビア西部クルゼメ地方は大きくて鮮やかな柄が配置されることが多く、ラトビア南部ゼムガレ地方はベースに白地を、手首にフリンジを施したものが多く残っています。

ラトビア北部ヴィゼメ地方の町Madonaに伝わるミトン。
ラトビア東部ラトガレ地方の町Varakļāniに伝わるミトン。
ラトビア西部クルゼメ地方の町Kabileに伝わるミトン。
ラトビア南部ゼムガレ地方の町Dobeleに伝わるミトン。

もちろん完全に分類できることはなく、編み手の数だけ、作品の数だけ、模様があるといっても過言ではありません。民俗学的に正統な柄、伝統的な文様を組み合わせた柄、それらにアレンジを加えつつオリジナルで作図された柄と、現在では無限にデザインが広がっています。
共通していえることは、細い毛糸で緻密に編まれたミトンは美しくて暖かいということ。三角頭の中の空間は、寒い日でも自分の手の熱がこもってホカホカにぬくもります。また、使われている色の数だけ毛糸が層状に重なるので、暖かさが増していきます。

ラトビア西南端の町Rucavaは西側にバルト海、南側と東側にリトアニアという立地のため、ラトビア固有の文化よりも海外の影響が大きく、ミトンの柄は植物が多い。
裏側を見ると毛糸が幾重にも重なっているのがわかる。

編み模様を通して、贈る相手への願いを込めることができるラトビアのミトン。近年ではさすがに冠婚葬祭の小道具としての出番はほぼ見かけませんが、ミトンを編むことは今も最もポピュラーな手芸の一つで、人気のある贈り物に変わりはありません。レベルの差はあれど、ニッターの数はかなり多く、個人で、グループで編み物が楽しまれています。

編み物の公的なサークルはラトビア全土にあり、毎週集ってお互いに切磋琢磨している。

ラトビアの伝統や智慧が込められたミトンは、防寒具の枠を超えて、ラトビア人のアイデンティティの一つのような存在です。ラトビアが建国100周年を迎えた2018年11月18日には、民族の象徴的なアイテムとしても活用されました。

建国100周年に掲げられていた「11月18日はミトンをはめて一緒に祝いましょう」という看板。

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BOOK INFORMATION

『ラトビアのミトン200』LIEPA著
『ラトビアの手編みミトン』中田早苗編
ともに誠文堂新光社刊

ラトビアのミトンについてもっと知りたくなったり、実際に編みたくなったらこの二冊がお勧めです。多種多様な模様を始めとして、その奥深い世界に触れることができます。

PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

http://www.subaru-zakka.com/

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