『あみきをほどく 家庭用編み機の展覧会』@公益財団法人せたがや文化財団 生活工房:展覧会レポート
世田谷区の文化施設、生活工房とは
生活工房を知っていますか?
生活工房は、公益財団法人せたがや文化財団が1997年にオープンした公共の文化施設。「暮らし×デザインの交流拠点」として、世田谷区民をはじめとした近隣にお勤めや在住の方々に向けて、生活に根差したテーマのイベントやワークショップ、セミナーなどをはじめとしたプログラムを定期的に行っています。美術館でも博物館でも公民館でもない、という独自の立ち位置のなか、年間3本ほど企画展を実施するほか、コミュニティキッチンや、ワークショップ、ミーティングなどに利用できる部屋の貸出しも行っています。
家庭用編み機の歴史をたどる展覧会へ
その生活工房で10月31日~2024年1月21日まで行われているのが『あみきをほどく 家庭用編み機の展覧会』。戦前に誕生し、2023年で生誕100年を迎えた家庭用編み機の歴史をたどる展覧会です。
会場はキャロットタワー3階の生活工房ギャラリー。エスカレーターを上った先に入り口があります。もちろんエレベーターでも行けますよ。
本企画を担当された生活工房のプログラムコーディネーター、佐藤史治さんに展覧会を解説していただきながら回っていきましょう。
お話を伺った方
公益財団法人せたがや文化財団 生活工房
主任 プログラムコーディネーター
佐藤史治さん
筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。2014年から同施設にてプログラムコーディネーターとして勤務。
会場は、家庭用編み機の歴史を紹介するエリアと、家庭用編み機を使ったニット作家とその作品紹介をする二部構成になっています。
まずは、入り口を入ってすぐの場所にある歴史紹介のパート。編み物と編み機の歴史、編むための道具の誕生、関連する社会運動など、編み物に関する歴史を時代に沿って紹介しています。戦前の資料は、主に彩レース資料室から、戦後の編み機やニット作家の提案は、Knittingbirdにご協力いただいています。
家庭用編み機の歴史
家庭用編み機(家庭機とも呼ばれる)とは、その名の通り家庭で編み物を編むことができる機械のこと。糸をセットし、糸をかけたり抜いたりしながら編み進めて編み地をつくっていきます。手編みよりも早く編め、編み目が均等できれいに仕上がるため、手芸用機械としてミシンと共に人気を博した時期もありました。編み機自体は現在も発売されていて、編み物の一ジャンルとして認知されています。
そんな家庭用編み機。一番古いものはどのような形をしているのでしょうか。とても気になりますね。
会場の入り口すぐ、目に留まる場所に古い編み機が展示されていました。こちらが、萩原まささんという方が発明した「萩原式文化軽便手編器」という家庭用編み機の元祖です。
横幅は約40cm。細長い木にびっしりと先の曲がったピンがついています。リリアンを棒状にしたような構造で、ピンに糸をかけたり抜いたりしながら編んでいきます。箱の上に見えるのが編み方の説明書。基本的な編み方が記載されています。
この試作品が作られたのが100年前のこと。100年前の1923年というと大正12年、関東大震災があった年です。震災が起こったのが9月だったため、社会的にも暖かい衣服を着る=作るという需要が増えたタイミングでの発明でした。
萩原式の上、写真中央に見えるのは「ワシ印軽便文化手編器」という編み機。パッケージも製品も萩原式とよく似ていますが、別の会社が作った製品です。ピンに糸をかけながら編む構造も同じです。
こちらは市川止(いたる)さんという方が作った「S式高速度編物機」。萩原式の編み機とは異なり、メリヤス針を使用します。ちなみにS式のSの由来は、萩原まささん関係の方の名前から付けられたのだそう。編み機は時代と共に木製から鉄製の編み機に移行し、萩原式とともに家庭用編み機を牽引する存在になりました。
こちらの編み機は、戦前に中国や韓国、タイなどのアジア圏に輸出されていたそうで、現地の人向けというよりは、現地に移住した日本人向けに販売していたようです。
当時は機械編みの本も出版されていました。編み方のテキストや教本、特集書をはじめ、萩原まささんが出した編み方の本も展示されています。「大正期は生活改善運動をはじめ、“文化”という言葉がとても流行った時代でした。展示を通して、家庭用編み機というものがそのような社会の空気の中で生まれたんだ、ということが伝わればいいなと思っています」と佐藤さん。
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戦後、かつての売れ筋だったS式の特許が切れた後、多くの会社がそれぞれ編み機を作り始めました。中でもブラザーの作った製品が画期的だったそうで、その後の編み機のベースになっていきます。1950年代後半から70年代初頭にかけて手芸ブームも起こります。
本展示のため、編み機の歴史を調べる中で佐藤さんがおもしろいと思ったのは、当時の団地に関する話。
「家庭用編み機ってけっこう高価で、当時の大卒の初任給だと買えないぐらいの金額なんです。今の感覚だと30~40万くらいでしょうか。なので月賦で買うんですが、月々払いって信用がないと買えなくて。この人、本当に経済的に支払えるのか?と。信用できるかどうか見極めるとき、団地の存在が重宝したようなんです。当時、団地に入るのは条件が結構厳しかったので、信用がないと入れなかったんです。だから団地に営業に行くとよく売れたんだそうです」。
団地とは、現在も郊外にあるいわゆる集合住宅のこと。当時は団地内で内職のグループがあったり、住人が集まるコミュニティの中で手芸ブームが起こるなど、時代背景や経済状況に加え、土地や人間関係といったさまざまな要因が重なり、編み物ではないさまざまな部分でもいろいろな事象が起きていたんだとか。
こちらは高坂千寿子さんが制作したニットのセットアップスーツと夏用のシャツ。
高坂千寿子さんは、萩原まささんに編み物を学んだお弟子さんのような存在。編み物の製図法を作ったグループメンバーでもあります。
当時、比較的カジュアルな装いと認識されていたニットの服は、ドレスコードが厳しいレストランでは入店を断られていたといいます。そこで、フォーマルな場にもニットの服は着ていける、そういうニットの服を作るという意味を込めて、まるでテキスタイルで仕立てたかのような、ニットのスーツをつくることが流行りました。高坂千寿子さんの作品もその時代のもの。洋服の中でニットのヒエラルキーの低さを感じさせるエピソードです。
当時、もちろん棒針やかぎ針もありましたが、家庭用編み機の方が早く編めたようで「1日1枚セーターが編めます」という広告も出ていたそう。ただし、本当に編めるかというとそこは微妙で、実際はかなり大変だったようです。がんばれば子供服ぐらいの大きさなら1日で編めたかもしれません。
編み物作家の紹介と作品展示エリア
会場を進むともう一つのエリアが。
こちらでは編み機を使った作品を発表する作家紹介と作品展示をしています。
紹介している作家は全部で5名。編み物☆堀之内さん、近あづきさん、丹治基浩さん、宮田明日鹿さん、LOVE it ONCE MOREさんという、個性的で特徴のある作品が作家ごとに展示されていました。
展覧会を開催するにあたり、企画内容や展示方法、作品の選定はもちろん、会場の構成やデザイン、設営も企画担当者の仕事。本企画の会場設計は、まず昔の編み物教室や当時の発表会の写真を集めるところからスタートし、それらを建築家の方に見てもらい、発表会などで使われていた棚をイメージして全体の設営をするという流れで詰めたそうです。
あらためて、今回の『あみきをほどく 家庭用編み機の展覧会』について、企画担当の佐藤さんに話を伺いました。
なぜ展覧会のテーマを「家庭用編み機」にしたのですか?
佐藤さん
年間の企画を考えていく中で、昨年くらいから生活工房の1つの大きなテーマとして「DIY」がありました。アーティスト側の手仕事を紹介する内容もあるんですが、どちらかというと一般の人が手で作っているものを紹介するきっかけにできれば、とあれこれ考えている中で、家庭用編み機というものがあるということを知りまして。 調べてみると、意外と歴史が深かったり、編み機をハックして新しい表現活動をしてる人たちがいたり、これはなんだかおもしろいそうだぞと気づき、1年半ぐらいかけて調べつつ、関係者の方に声を掛けつつ展覧会の準備を進めてきた、という感じです。 僕自身は編み機に縁もゆかりもなかったのですが、知らなかったからこそかえって新鮮といいますか、とても興味深く掘り進めることができました。
編み物の中では、棒針やかぎ針のほうがメジャーだと思います。その中でなぜ編み機だったのでしょうか。
佐藤さん
ものを作るための道具が生まれる時って、できあがるものも変わるし、それを売るための販売方法や、道具の使い方を学ぶためのメディアや場所が生まれますよね。僕は、その道具が生まれることによって社会がどのように変わっていくか、人がそれとどう付き合っていくのか、その後の歴史にどのような影響が出るのか、といった時代の流れや変化がすごく気になるタイプでして。 家庭用編み機が生まれてから100年の間にどのように受け入れられて、それによって何が変わっていったのか、ということを根掘り葉掘りしてみたいと思ったんです。紹介したい、発信したい、というよりも単純に“編み物を作る道具というものが生まれて世の中がどう変わったのか”みたいなことが気になってしまいましたね。 編み機という存在を認識したことで、自分も知りたいと思うことがたくさん出てきたので、今回の展示は時代の流れに沿って歴史を掘り下げるところから始めました。一つの視点だけでなく、いろいろな角度から立体的に見ていく、その過程がとてもおもしろいです。
企画を考えてから実際に展覧会が始まるまで、どのように作業を進めていくのでしょうか。
佐藤さん
展覧会は、事業担当者(企画を担当する人)が担当しています。今は3~4名が担当していますね。 担当者それぞれが日々ネタをストックしていて、自分が展示担当になった時にその中から企画を出すという感じです。得意ジャンルや趣向が異なるので、ストックしている企画もさまざまです。 年間のテーマや、その年の他の企画との兼ね合い、全体のバランス、会期、前回の展覧会からどれくらい空いてるかといったもろもろを鑑みて決定していきます。意外と、合理的かつ理屈で決まっていくんですよ。
2024年はどのような展覧会を予定していますか?
佐藤さん
まず、2024年1月末から4月中旬まで、世田谷のまちづくりに関する展覧会を予定しています。 4月下旬から9月中旬までは、デザイナーの軸原ヨウスケさんと美術家の中村裕太さんの共著『アウト・オブ・民藝』の展覧会を行います。 そして9月中旬から12月中は私が担当するアパレル関連の企画展を行う予定です。展覧会によって取り上げるテーマも会場デザインもがらりと変わります。買い物のついでや仕事で近くまで来た時、のぞいていただければ何かしらおもしろいことを展開していますので、ぜひ足を運んでみてください。お待ちしています。
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INFORMATION
あみきをほどく 家庭用編み機の展覧会
■会期 2023 年10 月31 日(火)〜 2024 年1 月21 日(日)
9:00〜21:00 月曜休み(祝日は除く)
※12月29日(金)〜1月3日(水)は年末年始のため休室
■料金 入場無料
■会場 生活工房ギャラリー(三軒茶屋・キャロットタワー3階)
■主催 公益財団法人せたがや文化財団 生活工房
■協力 Knittingbird、一般社団法人彩レース資料室
■後援 世田谷区、世田谷区教育委員会
https://www.setagaya-ldc.net/program/580/
INFORMATION
公益財団法人せたがや文化財団 生活工房
世田谷区が設置した文化施設。日常の暮らしに身近なデザイン、文化、環境などをテーマに、展示、ワークショップ、セミナーなど、子どもから高齢者までが参加できるプログラムや、手作り品のフリーマーケットなど地域に密着したイベントを実施している。コミュニティキッチンや、ワークショップ、ミーティングなどに利用できる部屋の貸出しも。
https://setagaya-ldc.net/