「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.1 「森の民芸市」レポート(前編)
ラトビアってどんな国?
手芸と手仕事の読み物であるミグラテールで、ラトビアの手仕事をテーマにした連載を開始するにあたり、本編に入る前にラトビア共和国という国について少し説明しておきたいと思います。
バルト三国の中央に位置するラトビアは、面積が北海道の約77%、人口が約188万人という小さな国です。日本と同様に四季があり、新芽が芽吹き緑が眩しい春、花が咲き誇る色鮮やかな夏、黄金色に輝く紅葉の秋、モノクロの世界が広がる白銀の冬と季節はめぐります。緑あふれる美しい大地で、歌と踊り、伝統文化を大切に継承する人々が四季の移ろいを楽しみながら暮らしています。
交易の要所であったため、周辺の国々から度重なる支配を受け苦難の歴史が長かったのですが、どんな状況下でもラトビア人のアイデンティティである歌や手工芸といった伝統文化を守り抜くことで民族としての誇りを保ち、結束し続けてきました。
首都はリガ市。旧市街が丸ごと世界遺産に登録されており、中世の雰囲気を今に伝える情緒ある街です。
国内の職人が集結する「森の民芸市」
そんなラトビアでは、バスケット、織物、木工品、編み物、陶器などの、素朴で美しい伝統工芸の技が宝物のように受け継がれてきました。
伝統工芸品が一堂に会す有名な催しとして知られているのが、毎年6月にラトビア野外民族博物館で開催される「Gadatirgus(ガダティルグス)」(民芸市)。広い森のような園内にラトビア全土から職人さんが作品を手にして集まる大きなイベントで〝手仕事の聖地“と言えます。
首都リガ中心地からバスに乗って約30分で会場に到着。大勢の人が詰めかけるイベントとあって、なんと今年は臨時バスが運行されていました。私が前回訪問したのは2019年のコロナ禍前。今年はあいにく2日間とも天候には恵まれなかったのですが、4年ぶりの再訪に会場にたどり着いただけで既にワクワクが最高潮に達しました。
民芸市には、ラトビア国内の職人さんや作家さんが作った、ありとあらゆる種類の手仕事が並んでいます。出店形態も個人、会社組織、サークルとさまざま。同じ素材で作られた品でも、作り手ごとに作風が異なっているので見飽きることはありません。
また、販売しているのはその作品を作った職人さんご本人とそのご家族。売り手と買い手の温かなやりとりが会場の至る所で見受けられます。小さな子どもたちが手伝っているブースもあり、微笑ましい光景にも出会えました。
それでは実際にどんなアイテムが並んでいるのか紹介していきます。
職人や作家の個性が光る手仕事の品々
まずは手編みのバスケット。手に乗るほどの小さめサイズから、大人が入れそうな大きなものまで、サイズはさまざま、形状・編み方・色味もそれぞれ違い種類は無限にあります。 材料は柳が多いのですが、白樺や松を使う職人さんもわずかにいます。
次は織物。ほとんどが手織りで、スカート生地や腰紐といった民族衣装のための伝統的な織物や、マット、テーブルクロス、ランチョンマットなど生活用品としての織物が並んでいます。ウールのショールやリネンのストールといった服飾品も充実しています。
木工品は、キッチンツールやピルツ(=サウナ)用品などの小物をはじめ、椅子やゆりかごなどの大きめの作品まで。樹種はオーク、クルミ、ネズ、サクラ、メープル、プラム、リンゴなどバラエティーに富んでいます。
編み物は種類が豊富。伝統模様のミトンは圧巻の品ぞろえ!
編み物もラトビアを代表する工芸品。中でもミトンの存在は別格で、防寒具としての役割以外にもさまざまなしきたりの小道具として扱われてきました。ミトンのほかに5本指の手袋やリストウォーマー、靴下、マフラー、帽子、ジャケットなども編まれています。
伝統的な技法で作られた陶器、鉄、革製品も
食器や装飾品として多用される陶芸もまたラトビアを代表する工芸です。伝統的な技法による陶器からオリジナリティあふれる作品まで、幅広いテイストの作品が並んでいます。レンガ色、黒色、茶色といった陶土の色で雰囲気も異なります。
他に鉄製品や皮革も伝統的な工芸品です。鉄は家の道具や蹄鉄として、皮革は民族衣装の靴や小箱などとして活用されてきました。
アクセサリー類も充実しています。民族衣装に合わせて身に着ける伝統的な装飾品、バルト海で産出された琥珀を使ったアイテム、独創的な作家さんの作品まで多岐に渡っていました。
オーナメント類もあちらこちらで見かけます。ステンドグラスなどのガラス製品、木工品、陶製品、植物を使ったナチュラルテイストのものなど、素材も作風も千差万別です。
PROFILE
溝口明子 Akiko Mizoguchi
ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。