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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.4 ラトビアの手仕事の歴史(後編)

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

vol.3 ラトビアの手仕事の歴史(前編) はこちらから

ラトビアの時代背景が投影された代表的な手仕事

織物

ラトビアでは紀元初期からリネンとウールの布地が織られていました。交易が盛んになると外国からコットンが流入するようになり、ラトビア国内でもその使用が急速に広まっていきました。亜麻の栽培や織りにまつわる民謡も数多く残っています。テーブルクロスや毛布など日用の織物は家庭内での使用はもちろんのこと、販売することで生活の糧にもなりました。
19世紀に入ると現在と同じ織りの技法が確立していき、染色方法も多様化しました。元々は支配者階級が小作農であるラトビア人を見分けるために着用を強いた「衣装」は、後に装飾の美しいものが「民族衣装」として花開きました。織物で表現される自然観や世界観はそれぞれの地域で代々受け継がれ、地域固有の織り柄を作り上げています。現在でも職人全体の3分の2は織り工といわれるほど、機織りはラトビアで最も発展を遂げた工芸といえます。

来年で操業110周年を迎える老舗の織物工房では熟練の職人さんが機織りを行っている。
民族衣装の織り柄は町や村ごとにすべて異なっており、ショールやブローチなどの装飾品も地域固有のデザインがある。

木工品

比較的加工しやすく、機能性のある立体物を作ることができる木工もまた、太古の昔から伝わってきた手仕事です。木工職人は長い間ドイツ人ギルドの管理下に置かれましたが、ギルドの影響が弱まった19世紀中旬から、機能や用途の追求だけでなく装飾にも力を入れる独自の路線を進み始め、今も高い技術を誇っています。
作られてきたものは、スプーンなどの小物から家屋といった大きなものまで生活すべてに渡ります。特に優美なラインを描く家具や建具類は秀逸で、その美しいデザインは20世紀にリガを席巻したアールヌーボー建築にも影響を与えました。

キッチンツールも家屋もすべて「木工品」。
リガのアールヌーボー建築の変遷は3期に分けられる。その2期目のデザインにインスピレーションを与えたのが伝統的な木造家屋。

陶磁器

紀元前から粘土をこねて作る入れ物は存在していましたが、本格的な作陶が始まったのはろくろが導入されて窯の使用が始まった10世紀頃といわれており、主に農民の人々が農閑期の仕事として農業との二足のわらじで行う生業になりました。
その後、都市部はドイツ人陶芸家のギルドに掌握されてラトビア人陶芸家は締め出されてしまいましたが、そのおかげで各地域の作風が混ざり合わず、地方ごとの特徴を維持して発展していきました。
封建制度が崩壊した後は、再び自由な交易が始まり、大規模に専業で行う工房も出現しました。昨今では伝統的な手法を守る窯元がある一方で、オリジナリティあふれる作品を生み出す陶芸家も数多く存在し、バラエティーに富んでいます。

古くから陶芸が盛んなラトビア東部の町レーゼクネの窯元にて。
近年人気の黒い陶器。10世紀にヨーロッパで用いられた燻す工法で作られている。

編み物

冬が長いラトビアで欠かせないのがミトンや手袋、靴下などのニットアイテムです。古くは一本針を使ったノールビンドニングの技法で編まれていましたが、現代と同じ5本針を使う技法の編み物は考古学的見地から15世紀には既に存在していたと考えられています。
特別な道具を必要としない編み物は、他の手工芸品と違って「職人の技」としてではなく、それぞれの一般家庭の中で代々大切に伝えられてきました。防寒具や贈り物として各家庭で数多く生みだされた編み物は、今もなお実用を兼ねそなえた趣味としてラトビア人に広く愛されており、あまたの模様を楽しむことができます。

三角頭のミトンはラトビアでは別格の存在。冠婚葬祭でも重要な役割を果たしてきた。
19世紀末からファッションアイテムとしてニット製のジャケットやセーターなども出現した。

バスケット

バスケット編みは、ラトビアのみならず世界でも最も古い手仕事の一つで、ラトビアでは新石器時代に遡ると言われています。「刈り取って編む」というシンプルな工程がその理由かもしれません。
広大な自然が広がるラトビアでは、国土全体で材料となる柳、松の薄片、白樺の樹皮、トウヒの根、麦藁、葦、イグサなどを採取することができました。屋内外で使う収納箱、市場でのお買い物バッグ、釣りの仕掛け、種まき用の籠といったさまざまな用途に応じた形状のバスケットが編まれ、世紀を越えてラトビア人の日常生活を支えてきました。

多種多様なバスケット。奥の部屋では職人さんがバスケット編みの作業中。
今ではほとんど見かけないトウヒの根のバスケット。緻密な美しさはもはや芸術品。

このようにして進化してきたラトビアの手仕事。そのデザインにもラトビアらしい特徴が見て取れます。
農耕民族で四季の変化に寄り添って暮らしてきたラトビアでは、太陽の動きが何よりも重要でしたが、緯度が高いために一年を通して日照時間の変動が激しくその影響を強く受けてきました。
太陽、月や雷と言った自然、井戸やかまどといったものに神様の存在を見出して信仰の対象とし、それぞれの神様を文様化して手工芸品の図柄に用いたり年中行事の祭祀のシンボルにしてきました。ラトビアの手工芸品のデザインを独特のものにしているのがこの文様で、民族意識が芽生えた19世紀頃から特に多用されるようになりました。今では伝統工芸のみならず若いアーティストもデザインに取り入れる名実ともにラトビアを象徴する図案になっています。

ラトビア固有の神様の文様が織りこまれた民族衣装の腰紐。
神様の文様だけをあしらったアクセサリーを制作する作家さんも。

PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

HP:http://www.subaru-zakka.com/

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