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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.5 職人さん探訪記その1 バスケット職人アンドリスさん

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

ラトビアの代表的な手仕事 バスケット

バスケット職人アンドリスさんの工房がある街、チェカヴァへ

ラトビアの手仕事と聞いて真っ先に思い浮かべるアイテムの一つがバスケット。ラトビアの寒い冬を乗り越えて育った柳で編まれたバスケットは、美しさはもとより、その丈夫さから本当に重宝しています。ラトビアの職人さんのなかでもひと際美しいバスケットを編むアンドリス・ラピンシュさんとは、コロナ禍の間に取り引きが始まり、この夏には念願が叶ってようやく工房へ訪問することができました。

ハンドルまで編み上げられたアンドリスさんのバスケット。

リガで滞在していたアパートまで迎えに来てもらい、隣町のチェカヴァまでドライブすること約30分。メールでのやり取りで抱いていたイメージ通りの穏やかで温かい人柄を感じながら会話を楽しんでいると、緑の中にたたずむ可愛いお家に到着しました。

冬季は街中のアパートで、夏季は工房を兼ねたこのサマーハウスで暮らすアンドリスご夫妻。

バスケットづくりは材料となる柳の採集から

ハーブティーと手作りケーキのおもてなしを受けながら、さっそく工程の見学が始まりました。
まず、自然の中に分け入って材料となる柳を集めます。そして、枝葉を取り除いて表皮を剥き、3本に割いて、1本ずつ平らにならしていきます。その後、平らになった柳を薄く削り、幅を揃えたらようやく「竹ひご」ならぬ「柳ひご」の完成です。

収穫したばかりの柳。一連の工程のなかで、長くてしなやかで綺麗な状態のかご編みに適した柳を見つけることが一番難しいそう。

大掛かりな機械を使わずに一から材料を準備するアンドリスさんですが、編んでいる時にも特別な気負いはないと言います。時折「もう少し細い柳を使った方がよかったかな?」などとバスケットのことも考えますが、だいたいは「午後から何をしようかな?」「ランチに何を食べよう?」「早くこの雨が止まないかな。」と、とりとめもないことを思い浮かべながら編んでいるそうです。
型枠などを使わずにフリーハンドで編んでいるので、でき上がったバスケットが想定通りの大きさ、形状になった時が何よりも嬉しいと言います。また、常に他とは少し違う形状のバスケット作りを目指しているので、一目で自分の作品だと分かってもらえると胸を張ります。

サイズごとに仕分けされた「柳ひご」の束。
トレイ作りもお手のもの。ゆりかごを編んだことも!

かご作りのきっかけはバスケット作り教室

そもそもアンドリスさんがバスケット作りを始めたのは43年前の1980年9月のことでした。
物流の仕事をしていたアンドリスさん、たまたま夜間のバスケット作りの教室に参加する機会があり、家で使っているようなかごを自分で編めたらいいなと思い習い始めたそうです。奥さまのイングリーダさんも「バスケットを編めるようになったら友人への贈り物にもなりそう」と背中を押してくれました。
柳の集め方もひごの準備の仕方もほとんど分からない状態で始めたので、初めのひと月は先生の付き添いのもと柳を見分けるところからスタートし、最初の作品であるトレイが完成したのは3カ月も後だったそう!
その後、バスケット職人として生計を立てるか考えたこともあったそうですが、ラトビアは旧ソ連から独立を回復したばかりで社会が混沌としていたので、趣味としてバスケット編みを続けることを選びました。かご編みに関する外国の資料を読むために、英語も独学で学んだそうです。

バスケットを作り続けて得た栄光

研鑽を重ねたある日のこと、アンドリスさんのもとにビッグニュースが飛び込みました。それはイギリスに本拠地を置くThe Basketmakers’ Association(バスケットメーカー協会)からの知らせで、なんと2015年度の Basketry of the Year(今年のかご細工)の一位に輝いたというものでした。連絡が来た時はとてつもなく驚いたと言います。受賞を機に、イギリスでバスケット編みを教える機会を得て、その際にイングリーダさんもかご編みを始めることになったそうです。

ロンドンの市長公邸でBasketry of the Yearの授賞式に臨むアンドリスさん。
これが一位に輝いたトレイ。ただただ美しい!
今年の民芸市に仲睦まじく出店していたアンドリスさん、イングリーダさんご夫妻。
同じくかご編み職人であるイングリーダさんがリペアした椅子。

どんな栄誉に輝こうとアンドリスさんのスタンスは変わりません。バスケットが完成するまでのすべての工程が愛おしく、43年間続けてきた趣味なのだと言います。誰かのためのバスケット、展示会に出品するバスケット、ただもくもくと編むバスケット、目的はどれでもよく、かごを作っている時間そのものが40年来の親友と過ごしているかのような時間なのだそうです。「人生には良い時も悪い時もあるけれど、どんな時でも生活の一部になりえる趣味さえあれば幸せに暮らしていける」と穏やかに教えてくれました。そんなアンドリスさんにも最近少しだけ変化が。会社を定年退職した今、ようやく職業としてかごを編もうかと考え始めたそうです。

PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

HP:http://www.subaru-zakka.com/

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