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林ことみの手仕事語り vol.1 エストニアの手仕事(前編)

林ことみさんがエストニアを訪問することになったきっかけは、2001年の北欧ニットシンポジウムで二人のアヌ―と出会いでした。初めてのエストニア訪問は、翌年の2002年。すでに訪問は10回を超えているそう。今年もエストニアに足を運んだらしい、と聞きつけた編集部は、現地の最新情報も交えながらエストニアの手仕事の魅力について話を伺いました。
text,photo: Kotomi Hayashi
タリン旧市街の中心にあるラエコヤ広場はカフェもたくさんあって、いつもにぎわっている。

エストニアはバルト三国の北に位置する国で、チャットや電話でおなじみのスカイプの開発者が生まれた国です。もう引退してしまいましたが「把瑠都(バルト)」という四股名の力士でエストニアを知った方も多いかもしれません。
日本ではバルト三国とひとまとめにして呼んでいますが、言語が違いますし、文化も違います。しかし1989年8月に始まった、バルト三国をつなぐ「人間の鎖」によるソビエト連邦の占領に対して抗議、そして1990年に独立回復を訴えたことはバルト三国の存在を示しました。

伝統衣装は手仕事の集大成

5年に一度、タリン郊外で開かれるダンスフェスティバル(Estonian Women’s Dance Festival)では、エストニア各地から伝統衣装を身につけた人たちが集まります。縞のスカートに刺繍のブラウス、ウエストには手織りベルトを巻き、ボンネをつけています。これらのスカートはどこかで見たような印象を受けますが、サンローランやケンゾーがこのスカートからイメージを得てデザインしたと聞くと納得がいきます。
素材はウールで丈は長く、プリーツスカートもあればタックを取ったデザインもあります。ウール素材でボリュームがあるので実際手にしてみると、なかなか重量感があります。

ダンスフェスティバルには、エストニア各地から伝統衣装を身につけた人たちが集まる。

キヒノ島とムフ島のスカートは色が特徴的

一口に縞模様のスカートと言っても、地域によって模様やデザインはそれぞれで、特にキヒノ島とムフ島のスカートは色に特徴があります。
キヒノ島では今でも女性たちは赤を基調にしたスカートを履いています。喪に服した時には赤ではなく黒の無地やダークな印象の縞模様を履き、色は紺・白・黄色などの組み合わせから始まって、気持ちに応じて徐々に赤の入った縞に戻していくのだそうです。中には一生喪に服して黒のスカートを履く人もいると聞いています。

キヒノ島では、大人は縞のスカート、小花柄のブラウス、スカーフ、手編みの靴下が定番のよう。
大人の女性だけではなく小さな女の子も縞のスカートを履く。20cm足らずのベビーのスカートがかわいらしい。

ムフ島のスカートは丈が少し短く、黄色やオレンジ色を基調としていて、裾に花やベリーなどの愛らしい模様の刺繍をしたテープがついています。この島の手仕事はなんといっても他地域にはみられない鮮やかな色使いが特徴で、「ムフイエロー」や「ムフオレンジ」そして「ムフピンク」と呼ばれています。これらの色はもちろん草木染めではなく化学染料で染めていますが、この地域だけがなぜこのような色使いになったのかは地域の人たちの気質によるものらしく、エストニアにストイックな宗教が伝わった時にその色使いをやめるように言われたときでさえも島の人たちはそれを拒否したとさえ言われています。

黄色やオレンジ色を基調とした、ムフ島のスカート。裾のブルー生地に刺した花模様も印象的。

ベルトの模様にも地域の独自性

ベルトも重要な小物で、カード織りや簡単な綜絖(そうこう)を使って織られています。パターンは地域ごとに異なり、ベルト織りの本を見るとその模様の多さに驚かされます。素材は麻糸と毛糸で、スカートには必ずベルトが巻かれており、ダンスフェスティバルの時にはベルトを外して踊る場面もあります。

刺繍は主に花のパターン、クロスステッチ、フリーステッチの3つ

エストニアではどの地域でも、女性のブラウスだけではなくエプロンやボンネ、場所によっては毛布やストッキングにまで刺繍が施されています。
花のパターン、クロスステッチ、抽象的なフリーステッチに大きく分けられ、そのバリエーションとデザイン性、創造力に圧倒されます。花のパターンは多色使いや白地にスパンコール、黒を中心としたダークな色使いなど、さまざまなバリエーションがあります。クロスステッチのパターンは幾何学的ではありますが、やはりそのデザインの豊富さに驚きます。フリーステッチの模様は、地域の伝統的な基本パターンが決まっているらしく、それを自由に変化させ、組み合わせて全体の柄を作っています。刺し手の自由で楽しそうな気持ちが伝わってきて、他の刺繍とはまったく違う発想だと感じました。
『TIKAND EESTI RAHAMA-KUNSTIS』というエストニアの刺繍の本(2冊)はナショナルミュージアムのキュレーターの方も一押しの研究書で、いつ見てもその斬新なパターンに感銘を受けます。

エストニア刺繍の研究書『TIKAND EESTI RAHAMAKUNSTIS Ⅰ』Hilda Linnus著/Eesti Riiklik Kirjastus/1955刊。エストニアのキュレーターも一押し。
上記に続き刊行された『TIKAND EESTI RAHAMA-KUNSTIS Ⅱ』Hilda Linnus著/Eesti ja Lõuna/1973刊。

ムフ島の古い毛布も見どころ

毛布とストッキングの刺繍で有名な地域はムフ島でしょうか。
ムフ島のスカートは他の地域より丈が短いのですが、刺繍や編み込みのストッキングを履くことで、装いに華やかさが加わっています。
毛布は花嫁が用意するものだったそうで、古い毛布はムフ島のミュージアムに残されています。パターンは実際の花からデザインしたと思われますが、中には想像の花かな? と感じる模様もあり、花だけではなくイチゴなどベリー類とも組み合わされ、見事な模様の毛布に仕上がっています。

ウール地にカラフルな花模様の刺繍が特徴。写真はベッドカバー。花嫁が結婚式までに作る風習があったとのこと。

次回は、エストニアのニットとクロシェを紹介します。

エストニアの手仕事(後編) へつづく

PROFILE

林ことみ Kotomi Hayashi

高知県出身。子供の頃から刺繍やニットに親しみ、 子供が生まれたことをきっかけに雑誌で子供服のデザインを発表。2000年からは北欧で開かれるニットシンポジウムに参加し、 北欧のニットを紹介する本を多数出版。

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