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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.29 ラトビアの伝統的な「立春祭」

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

凍てつく寒さが続く2月のラトビア。日中でも0度に届かない日が多く、ことさら寒い日には氷点下15~20度まで下がるので、外出時にはコートやミトン、ニット帽が必須アイテムになります。

ホワイトアウトになることも。川も凍っている。

春に向かい季節が進み始める、立春の祭り「Meteņi(メテニ)」

緯度が高いため、夏と冬で日照時間が大きく異なるラトビアでは、古来から太陽の動きが重要視されてきました。太陽の軌道に合わせて一年を立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至の八つに分け、その節目に祭祀を行い、農作業の目安にしてきました。冬至と春分のちょうど間にあるのが、日本で言うところの「立春」のお祭り、「Meteņi(メテニ)」です。実際には天文学的な立春の日とはずれますが、概ね2月6日頃にお祝いされます。
メテニの日は、暗かった時期が終わりを告げ、春に向かって季節が進み始める日です。伝統的にさまざまな儀式が行われてきましたが、祭祀の中心になるのが仮装行列。ラトビアのフォークロアの世界では、立冬に始まり、冬至を経て、冬の間続いてきた仮装の期間が立春で終わりを迎えることになります。

旧市街で開催されていたメテニのお祭りの一幕。

仮装の種類は地域ごとにいろいろありますが、特に有名なのがBudēļi(ブデーリ)とĶekatas(キェカタス)です。ブデーリは豊穣の化身で男性が、キェカタスの方は家内の化身で女性が仮装します。いずれもメテニの時期に活発に動き回り、家々や田畑を巡って繁栄、豊穣、幸福や健康をもたらし、祝福を与える存在とされてきました。

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ブデーリの衣装は、羊の毛皮を裏返してコートや仮面として着用し、編んだ麦藁や古い麻のロープをベルトのように締めます。ベルトには鈴のほかに、子孫繁栄を願って男根のシンボルとしてニンジンとタマネギ 2 個を吊るします。頭に被る、紐などでデコレーションした、背の高い円錐型の麦藁の帽子は、男性の強さや生殖能力を表しています。手には白樺の小枝でできた「命のむち」を握ります。

博物館で展示されていたブデーリの装束。

このような仮装をしたブデーリは、派手な音を鳴らすことで邪悪なものを追い払いながら、家々や田畑を練り歩き、冬の間は大地で眠っている豊穣の神を目覚めさせ、農園、家畜、人々に恵みと繁栄をもたらします。
ブデーリは各家を訪問する際に、その家の若い女性に向かって歌を歌い、「命のむち」でお尻を叩きます。このお尻叩きの儀式は、女性がミトンを手渡すか、織り紐や毛糸をむちに結び付けるまで続きます。むちで叩かれた女性は、一年間健康で過ごすことができ、活力に溢れ、子供を宿すともいわれています。

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キェカタスの衣装には新しいものではなく、ほつれたり破れたりしているほど着古した衣服を用います。スカートとウールのジャケットの上に、裏返しにした長いリネンのシャツを着て、古い紐を腰のあたりで結びます。この腰紐に、鈴や使い古した糸巻き棒や織り機のシャトルなどの道具を取り付けます。すでに役目を終えた衣類や道具をまとうことで、キェカタスは死後の世界から来た存在だということを表しています。仮面も特徴的で、木くずをくるんとカールさせた髪がついていて、手にはネズの木の枝をたずさえており、髪も杖もいずれも女性がもつ豊穣の力を象徴しています。仮装をする際に最も重要なのは、誰にも正体を見破られないことです。そのため、顔を布で覆ったり、すすで黒く塗ったりします。もし素性がばれたしまったら、特別な力を失ってしまうと考えられているのです。

博物館で展示されていたキェカタスの装束。

キェカタスが携えているネズの枝は、家族を鞭打つために使われ、ぶたれた人の生命力が活性化すると信じられてきました。キェカタスの一行もまた家々を回り、歌ったり踊ったりしながら、慶びと祝福を与えていきます。

旧市街を行進していたキェカタス。

このように、厄払い、家内安全、豊穣祈願といった目的があるメテニのお祭りですが、仮装行列のほかにも様々なしきたりがあります。なかでも子どもたちにも人気なのが、雪の丘からのそり滑りです。できるだけ遠くに滑ることができれば、その年の麻の背が高く成長するという合図。麻の生育がよければ、その分だけ織物もたっぷり織ることができるという訳です。
古くは、メテニの翌日のPelnu diena(灰の日)から新しい年が始まるとされてきました。春光きらめく日々もすぐそこです。

私もブデーリの帽子作りのワークショップに挑戦しました。シンプルながら難しかったです。
お祭りの最後はやはりフォークダンス! 春よ来い!

PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

http://www.subaru-zakka.com/

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