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第4回 南国スリランカの色鮮やかなバティックを巡って -姉妹が行く! 世界てくてく手仕事の旅

2024年春、姉妹で世界一周の旅に出た手仕事ライターの毛塚美希さんと、酒場文化が大好きな妹の瑛子さんの連載がスタート! 姉妹旅のテーマは①手仕事、②食文化と酒場、そして③囲碁交流…!? 地域に根ざした手仕事と食文化、ときどき囲碁にまつわる旅エッセイをお届けします。第4回は、自然豊かなスリランカで見つけたバティックについてです。
photo & text: Miki Kezuka & shimaitabi

連載3カ国目はスリランカ

インド洋の真珠と呼ばれるスリランカ。皆さんは何を思い浮かべますか?

スリランカはポルトガル、オランダ、イギリスなどによる統治時代を経て、古くからの交易の拠点として紅茶を始めとするさまざまな土地の文化と、アーユルヴェーダや木彫りのお面など何千年の歴史を持つ独自の文化が共存する魅力溢れる島国です。
世界中を旅した知人が、「スリランカが一番魅力的な国だった。約25年前に旅したとき、遺跡が転がるジャングルの中から見上げた青空に、カラフルなオウムの群れが飛んで行った光景が忘れられないのよ」と語ってくださったのが印象的で、わたしたちも必ず行きたいと思っていた国の一つです。

今回は、そんなスリランカで続く手仕事、“バティック”のお話です。

世界遺産にも登録されているシーギリヤロック。どこまでも広がるジャングルの中の巨大な岩の上に古代遺跡がある。歴史とロマンの詰まった場所。

スリランカとバティック

スリランカ人の知り合いに「スリランカにはどんな手仕事があるの?」と伺ったときに、真っ先に上がったのがバティック。バティックとは、布の上に蝋で模様を描き、その布を染色して蝋の部分が染まらずに元の布の色のまま模様を残す、ろうけつ染めという方法で生産されるテキスタイルです。

キャンディにある工房のデモンストレーションでいただいたバティック。蝋を置いた文字の部分が染まらず、模様になる。

バティックはインドネシアのジャワ島が発祥とされ、日本では“ジャワ更紗”の名前で知られています。
主に蝋の置き方は大まかに2種類の方法があり、カンティングと呼ばれる銅製のペンのような道具で蝋を垂らしながら手描きをする方法と、銅製のスタンプを押す方法で、前者の方がより高い技術が必要となり手間と時間がかかります。

カンティングと呼ばれる銅製のペンのような道具。上に蝋を入れると下のペン先から蝋が出てくる。
キャンディにあるGunatilake Batiksというショップで、カンティングでドットを描いている様子。ここではバティックの一連の流れのデモンストレーションが見学できる。
ジャヤマリバティックスタジオで販売されている手描きの可愛らしさのあるレターカード。

スリランカのバティックはインドネシアから当時両国を支配していたオランダを通じて伝わったといわれており、交易の歴史を感じさせます。インドネシアでは現在スタンプによる方法が多いのに対して、スリランカでは手描きの技法を中心に受け継がれています。機械によるバティック風デザインのプリント柄も多く出回っていますが、今でもスリランカの街を歩けば日常生活の中にバティックが溢れており、人々に愛されているのを実感しました。

模様はお花や魚、クジャクやパラダイスフライキャッチャーという鳥など自然を愛する南国らしいモチーフと色鮮やかなデザインや、エサラ・ペラヘラと呼ばれる象のパレードが有名なスリランカの伝統的なお祭りなどのデザインがあり、仏教やヒンドゥー教の長い歴史のあるスリランカらしいモチーフが多いのが印象的でした。

ジャヤマリバティックスタジオで販売されているエサラ・ペラヘラのデザインのバティック。このお祭りはスリランカ全土であるが、キャンディの7月のエサラ・ペラヘラが最大。ブッダへの敬意と農作物の豊作を願うために行われるお祭りで、紀元前3世紀にはこのお祭りの原型があったとされるそう。
同じくジャヤマリバティックスタジオで販売されているパラダイスフライキャッチャーのデザインのバティック。ジャヤマリさんの自宅の庭にきたのがきっかけでこのデザインが生まれたとか。
スリランカのお札の写真。お札からも鳥が人々にとって身近で日常的に愛されていることが伝わってきたのは、旅をしたからこそ。

バティックができるまで

スリランカの中でもバティックが盛んなキャンディという街で工房やショップ巡りをしながらバティックの制作過程を教えてもらう中で、その美しさに一際目を引かれたのがジャヤマリさんの作品でした。ご縁もあり、彼の工房でさらにお話しを詳しく伺うことができました。

まず、布に下描きをして、完成したときに白く残ってほしい部分にカンティングや筆でパラフィンと蜜蝋を混ぜてできた蝋を置きます。ジャヤマリさんや高い技術を持った工房では表裏表と蝋を3度塗りします。ドットや細い線の部分は裏から重ね合わせるのが難しいため表のみの1度塗りですが、3度塗りをすることで染まる部分と染まらない部分のコントラストが鮮明に出て、鮮やかで美しいバティックに仕上がります。スリランカではここの蝋を置く過程がスタンプではなく手描きのものが中心なので、同じデザイン、同じ色合いのものでも表情が微妙に異なり、自分のお気に入りを吟味するのも楽しみの一つです。

裏面に蝋を置くときに表面の蝋が溶け出さないようにするためには、蝋の絶妙な温度管理が必要です。蝋を置く工程を3回繰り返さずに1回のみにすると、境界線があいまいになって柔らかな雰囲気が出たり、デザインの細かさなどで素朴な雰囲気や高級感が出たりします。
また、蝋を置いて染色をするので、伸縮率や染まり方にムラが出ないよう、バティックはコットン100%やシルク100%など1つの素材からできた生地を使用するそうです。

ジャヤマリさんの工房で販売されているバティック。蝋を3回塗りするため境界線が鮮明でコントラストが美しい。

次に染色では、色を染める順番がとても大切です。初めに白が残ってほしい模様の部分に蝋を置いて全体を黄色に染め、次に黄色が残ってほしい部分に追加で蝋を置き、次の色であるオレンジ色に染めます。順番に赤、黒と蝋を置いていき、だんだんと濃い色で染めるというように蝋を置き、染める手順を繰り返します。蝋を置いたところが染まらないことを利用して、薄い色から順番に重ねて染めていくので、色が混ざっても影響のない同系統でまとまりのある色味で構成される作品が自然とできあがっていくことを知り、なるほどと思いました。

この蝋を置いて染色をする過程で蝋が自然にひび割れを起こし、色が染み出た部分の模様は、英語で割れ目を意味する”クラック”と呼ばれます。

Gunatilake Batiksのデモンストレーションの染色の様子。他の工房でも色ごとの大きな桶がありました。
ジャヤマリバティックスタジオの作品。重ねて染めるため、まとまりのある同系色の作品が出来上がる。
Gunatilake Batiksショップでクラックを作っている様子。自然に蝋が割れたり、意図的にもみこんでつくることもある。

最後に沸騰したお湯で布を茹でるようにして蝋を落として乾かして完成です。

ジャヤマリさんの工房の蝋を落とす鍋。蝋は冷めると上に上がってきて固まり、その部分をすくい上げて、蝋の色が移っても問題のない濃い色の赤や黒などを覆うパートで再利用できるそうです。

応用として、オレンジ系統(黄色、オレンジ、赤など)と青色系統(水色、青、藍色など)など1つの作品の中に違うトーンの色を使う場合は、先にオレンジ系統を染色します。その時に青色系統の部分はすべて蝋で覆って染色し、沸騰させたお湯で茹でて蝋を落とします。
次にオレンジ系統の部分をすべて蝋で覆って青系統の染めを重ねていくので、布を茹でて蝋を落とすという手間が2度かかりますが、よりカラフルで鮮やかな印象になります。黄緑は黄色と青を重ねるので黄色と青のタイミングで一緒に染めるなど、黄緑や茶色などは重ねて混ぜることで色を出すので、複数の系統の色味があるデザインは染色の工程がより複雑です。

ジャヤマリバティックスタジオで販売されているカラフルで色鮮やかなバティック。2種類の系統の色があるため時間がかかります。

ジャヤマリさんは、「バティックの一番の特徴はクラックで、同じものは1つもないところがよさであり、また、長く使えるところが魅力。いいバティックとは、一目で分かる美しいコントラストのデザインと色遣い、細部までこだわれる作り手の技術が1つの作品にあること」と話してくれました。たしかに、デザイナーとしても活躍している彼の工房の作品は、カラフルならいいと単純に色数が多いのではなく、バティックのよさを引き立てるようなハイライトとなる色遣いや、淡い色と濃い色のコントラストが美しく、それを支えるための細かな蝋の置き方や蝋を重ねる回数などさまざまな技術が詰まっていました。

ジャヤマリさんのお父さんが始めたこの工房には、ヨーロッパを中心に世界中にファンがいて、「とあるドイツ人のご夫婦は40年以上も前に購入したバティックを今も家の壁に飾ってくれている」と嬉しそうに写真を見せてくれました。「ネットに口コミを書いてほしいけど書けないような、スマートフォンやPCに馴染みがない世代のカスタマーがいるほど自分たちのバティックは長く愛用してもらっている」とお茶目に話してくれました。

お気に入りの自分の作品の赤いシャツを着たジャヤマリさん。洗濯機もOKで、3年経った今でも全く色落ちせずコントラストが美しいまま。

バティック産業の全盛期のキャンディには多くの工房があったそうですが、若い世代でバティックをする人がどんどん減少しており、現在は大きく簡単な、はけなどの道具を使って模様を描ける人が200~300人、細かいペンで描ける技術を持った人は10~15人ほどになってしまっているそうです。

今でもスリランカの人々に愛されるバティック

30歳くらいのタクシーの運転手さんに聞いても、日本語学校の先生に聞いても、みんなバティックの服を持っているよ、といいます。おじさんのサロンやおばさまのサリー、若者のワンピースと、今でもスリランカの老若男女に愛されており、バティックは現地の人々にとって身近で日々の生活に溢れる生きた伝統であるのが印象的でした。

スリランカの太陽と花や鳥などの豊かな自然、南国を象徴する鮮やかな色遣いと手描きの生き生きとしたデザインが溶け込んだバティックは、これからも絶えず続いてほしいと思える素敵な手仕事の1つでした。


shimaitabi の食日記 ~スリランカ編~

2024年8月31日 @ヌワラエリヤ
海のシルクロード、スリランカのココナッツカレー

スリランカのカレーの具材の定番はネパールやインドでもお馴染みのダル(豆のカレー)、ビーツ、じゃがいも、オクラ、かぼちゃなど。そこにチキン、魚、たまごのカレーをお好みでトッピング。副菜も充実していて、アチャール(角切りにした大根などのピクルス)、マッルン(細かく切った葉野菜とココナッツの炒め物)、サンボル(ココナッツと唐辛子の和物)で酸味と苦味と風味をプラス!
ラオス → ネパール → インドと巡って、手で食べることが板についてきた私たち。宿でカレーを頂いた時にはカトラリーが付いていたものの、手で食べてしまうほどに(笑)
そして味のベースとしても具材としても活躍するのが、ココナッツ。スリランカでは捨てるところがないといわれていて、 ‘食’はもちろん建築材料として‘住’も支えています。
インドカレーのような多様なスパイスの風味と、タイカレーのような唐辛子の辛味とハーブの風味、そしてココナッツミルク。かつて‘海のシルクロード’の重要な中継地点として栄えたスリランカならではのカレーを皆さんもぜひ味わってみてください。


次回もお楽しみに!

PROFILE

世界一周 姉妹旅 毛塚美希・瑛子 Miki, Akiko Kezuka

その土地の暮らしと文化に触れるのが好きで、世界一周の旅に出た20代の姉妹。手仕事を中心にライティング、買い付けを行う。姉は元インテリアメーカー勤務、妹は元食品メーカー勤務。手仕事、食と酒場、囲碁をテーマに、自由きままに各地を巡る。

小さな村でホームステイ、工房巡りに、そのまま地元の人達と乾杯! そんな日々の暮らしに溶け込むその土地らしさを感じたままの温度でお届けします。

HP: https://sites.google.com/view/shimaitabi?usp=sharing

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