絞り染め作家・安藤宏子さんのおすすめ『アンデスの染織:天野博物館染織図録』
『絞り染め大全』(誠文堂新光社)の著者である、絞り染め作家の安藤宏子さん。
研究と並行して作家活動も行っています。私にもできるんじゃないか、と遊び感覚ではじめたそう。そんな安藤さんの作家活動の経緯とともに、ゆかりのある書籍を紹介します。
化学染料から藍染めへ
安藤さんの活動拠点は愛知県名古屋市の有松・鳴海地域。尾張徳川家により絞り染めが保護されていたこともあり、現在も絞り染めの産地として知られています。安藤さんはほかにも福岡や大分、秋田や新潟などさまざまな絞り染めの産地を訪れて、その土地独特の柄があることを知り、何度も通うようになりました。
安藤さんは、「民藝のコレクターは、絞り染めには目をつけていなかった。だからこれほど良いものが残っているのではないかと思います」と話します。有松・鳴海に劣らない各地の作品を見ると、化学染料ではなく藍が使用されていることがわかりました。
藍は木綿や絞りと相性がよく、あまりにも丁寧な絞りの技術と藍色の美しさに感動した安藤さんは、そこから藍の世界にのめり込んでいきます。
当時の有松・鳴海では一般的に化学染料が使われており、本藍染めは行っていませんでした。藍で染める方法がわからなかった安藤さんは、学生時代の染色実験の経験を活かしビーカーで精密な実験をすることに。尺貫法で書かれた古い資料を読み解きながら試行錯誤を重ねて藍染めのメカニズムを追求していきました。
海外の刺激が創作意欲を掻き立てる
藍染めの作業を繰り返すうちに、有松・鳴海の着物の模様だけでは物足りなくなってしまいます。そんな時、たまたまTVで見かけた、アンデスの丘に立つ着流しの日本人男性が、強風に髪を乱しながら尺八を吹く様子を目にします。その光景がとても印象深く感動したそう。また、同時期に、全世界の絞り関係者が集まる『世界絞り会議(1992年)』が行われ、世界中に絞りがあることを知った安藤さんは、TVで見たアンデスを調べるようになりました。
その過程である本の存在を知り、以後ずっと探し続けて、神保町の古本屋でやっと見つけ出したのが、この『アンデスの染織:天野博物館染織図録』(著・天野芳太郎/同朋舎/1977年6月)。
なんと、発行元である出版社の社長のサインがついていたそう。著者の天野芳太郎はアンデス文明の研究家、実業家で1958年に自身の博物館、天野博物館を設立。この本は博物館で所蔵している作品の図録になっています。安藤さんは、この本に掲載されたアンデスの出土品に感動してナスカシリーズを制作を始めました。
54歳の頃、世界で一番古い絞りが出土したというウイグルのアスターナ古墓群に調査に行く機会がありました。新疆ウイグル博物館の展示物のミイラが身につけていた織物の素材と天然染料が天野さんの著書で見た物とそっくりな気がして「どうしてウイグルにアンデスと同じ技法の織物があるんだろう」と細かい部分を観察していると、いつの間にか1人置いてきぼりになり2時間も10数体のミイラとの密な時間を過ごしてしまったのだそう! その後、チリで開催された『世界絞り会議』に参加した際には、安藤さんの作品がチリの国立博物館に飾られました。
そして念願のアンデスに立ち寄ることになり、女子美大出身の日本人が営むペンションに泊まることになります。もともとアンデスには藍はないといわれていたのですが、実はアマゾンにも藍があるということを彼女が教えてくれたのです。
それは、楓のような木の葉を発酵させて染める「ジャグア」と呼ばれる藍で安藤さんは藍染めを体験することが出来ました。
世界の絞り染め業界にも影響力のある安藤さん。今年から『世界絞り会議・ジャパン』の理事の一人として展覧会などの開催も計画中。
先日、世界絞り会議の関係で久しぶりに秋田に訪問すると30人余りのグループができており、35年程前にお会いした若手の方々が今も活躍していて大変嬉しく感動した、と話してくださいました。
2024年は福岡県の甘木絞りと、新潟市の白根絞りにも行く予定とのこと。安藤さんの今後の活動から目が離せませんね。
PROFILE
安藤宏子 Hiroko Ando
大分市出身。大分上野丘高等学校、実践女子大学卒業。
工房「遊草庵」・教室「遊草会」主宰。醗酵建正藍染めを行い、絞り染め作家として東京、ドイツをはじめ広く各地で個展、企画展、講演会で活躍。絞り染めの調査保存と研究活動を行う。
著書『鳴海絞り』共著(鳴海絞り商工共同組合)『日本の絞り』、『絞り染め入門』染織の美①~20(京都書院)。
『日本の絞り技法』実物布付き限定本、普及版(NHK出版協会)『SHIBORI』(ドイツ・呉フェルト染織美術館)『世界の絞り染め大全』(誠文堂新光社)。