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韓国の伝統的な婚礼服「華衣(ファロッ)」の美しい刺繍

韓国ドラマでも見ることができる、花や鳥などが刺繍された華やかな婚礼服「ファロッ(활옷)」。朝鮮王朝時代に王室の婚礼に使われ、現在は世界に約50着しか残っていない希少文化財、ファロッを通して韓国の豊かな伝統文化をお伝えします。
Text & Photo:Mayumi Akagi

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原色を組み合わせた、色彩の意味合い

ファロッは、朝鮮王朝後期から国家儀礼として王室で執り行われた結婚式で、王女の花嫁衣装として用いられた礼服。朝鮮半島の文化から生まれた伝統衣装で、身分によって着用する衣装の素材や色、洋式が制限されました。今は王室の垣根を越えて、一般的に婚礼服として使われています。
中国から伝わった陰陽五行説に基づき、衣服にも五方色(黄、赤、青、白、黒)が重んじられていた朝鮮王朝時代。中国の皇帝が身につけた黄色に次ぐ色である赤(紅)は、王様と王妃の礼服の色とされていました。

ファロッのデザイン画。青と赤が鮮やか(国立古宮博物館にて)

【五方色】
黄 中央に位置する色で、土を表す。中国では、国の最高位にある王を象徴。
赤 南に位置する色で、火、夏を表す。情熱や愛情を表すほか、邪鬼の接近を防ぐ呪術的な意味を持つ。
青 東に位置する色。創造や生命、希望、春を表す。高麗時代、朝鮮半島は東方の民族として、庶民は青色の衣装を着用するように推奨された。
白 西に位置する色で、金、秋を表す。潔白や純潔、光明を表し、とりわけ尊重された。
黒 北に位置する色で、水、冬を表す。暗闇、死を表す。

赤を基調に、さまざまな色が使われた婚礼衣装(国立古宮博物館にて)

贅沢を禁じられていた王室の服飾制度の中で、婚礼衣装だけは華やかな色柄で美しい刺繍の装飾を施すことが許されていました。特に赤は吉色とされ、魔除けとしても意味があるため、婚礼には欠かせない色に。幸せを願う縁起物を刺繍した花嫁衣装は、人生の新たな門出を祝い、新たな王室一家を迎えるという意味が込められていたといいます。

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幸せを願うために刺繍された長生紋

繊細な装飾技法で作られたファロッは華やかで、深紅の生地に長寿や吉福を表す「長生紋」が刺繍されているのが特徴です。
長生紋は、太陽、水、松、鶴、亀、鹿、不老草の7種に、山、雲、月、石、竹のうちいずれか3種を加えて構成された複合文様。十長生ともいわれます。例えば、朝鮮初期には王室や高い地位を象徴し、子孫繁栄を祈願した「鳳凰」、長寿を祈願する「梅の花」、花と共に描写される「蝶々」は男女の愛、仲睦まじい夫婦を象徴するなど、それぞれに意味があります。

国立古宮博物館では、タッチパネル画面で気になる刺繍を拡大して見ることができる

また、花(蓮、梅、菊など)、波、動物(亀、鹿、アヒル、虎、うさぎなど)、漢詩やおめでたい言葉(寿、福など)、願いの言葉を刺繍したものも多かったそう。

華やかで繊細な宮中刺繍

ファロッ全体に華やかに入った刺繍には、多様な刺繍技法が活用されました。刺繍の下絵は、王室に所属する職人が制作し、刺繍が施されていたそう。

花嫁衣装に刺繍を施すときに使っていた図案(国立古宮博物館にて)

ファロッの制作は、材料を調達するところからスタート。材料が揃うと、生地と糸を決められた様式に従って染めます。刺繍と金箔で装飾する場合は、刺繍はリボンを縫う前に、金箔は形が完成した後に施されました。

花を刺繍するときは、針に糸を巻いて刺したり、金糸を細い糸で布の上に固定させるなど、8通りの刺繍技法が使われていたといいます。

文字や模様の金箔を押すときに使用した木版(国立古宮博物館にて)

刺繍や金箔による装飾はとても難しく、それ以前に糸を混ぜ合わせる作業、染色作業、刺繍図案を描く作業、刺繍する作業、金箔を作る作業、金箔を生地に貼る作業など、工程は細かく分類され、それぞれに専門の職人を置いて行われていたのだとか。

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伝統の婚礼服を修復する活動

朝鮮時代の伝統婚礼服であるファロッは現在、韓国国内の博物館に30着、国外の博物館に20着と、世界に約50着しか残っていない希少文化財として知られています。
2023年12月まで韓国・ソウルにある国立古宮博物館で展示されていた展覧会で、文化遺産の保存を目的として修復されたファロッは、韓国を代表するグローバルアーティスト、BTSのリーダーであるRMさんがこのプロジェクトのために1億ウォン(約1,100万円)を寄付したことによって実現しました。

RMさんによって修復されたファロッ(国立古宮博物館にて)

ロサンゼルスカウンティー美術館(LACMA)に所蔵するこのファロッは韓国に戻り、表面の汚れを取って洗浄、シワを取って、布地の補強など、修復に5ヶ月の時間を要したそう。保存処理の結果、鮮やかな紅色の布地に、絹糸で刺繍された牡丹、蝶々、鳳凰が美しいファロッに生まれ変わることができました。
女性たちの願いが込められた刺繍を施されたファロッから、韓国の豊かな伝統工芸や手仕事文化が伝わってきました。

修復されたファロッを後ろから見たところ(国立古宮博物館にて)
色褪せたファロッ。補強のためパッチワークのように布が継ぎ接ぎされ表情がある(国立古宮博物館にて)

参考資料

『李王朝時代の刺繍と布』(社団法人 国際芸術文化振興会)

『ポジャギ 韓国の包む文化』中島恵 著(白水社)

INFORMATION

国立古宮博物館

住所:03045 서울특별시 종로구 효자로 12
電話:02-3701-7500
営業:10:00〜18:00(※入場は閉館1時間前まで)
休み:元旦、旧正月当日、秋夕当日
https://www.gogung.go.kr/gogungJp

PROFILE

赤木真弓 Mayumi Akagi

フリーランスのライター、編集者。イベントなどで古書を中心に販売する書店「greenpoint books & things」店主。
旅好きライターユニット「auk(オーク)」としても執筆活動を行なっている。
著書に『ラトビア、リトアニア、エストニアに伝わる温かな手仕事』(誠文堂新光社刊)、共著に『ベルギー・ブリュッセル クラシックな街歩き』(産業編集センター刊)、『「好き」を追求する、自分らしい旅の作り方』(誠文堂新光社刊)ほか。

難民キャンプの女性たちが伝える、パレスチナ刺繍

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