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ものを大切にする国イギリスにおけるダーニングの歴史、そして「今」。その②

その①は、イギリスのダーニングの歴史についてのお話でした。今回は、ダーニングに欠かせないダーニング・マッシュルームとその仲間たち、さらにメンディングが根付くイギリスの人々の考え方などに迫ります。
text & photo: Hanako Miyata

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ダーニング・マッシュルームの起源とは?

ダーニング愛好者にとって、便利なだけでなく見た目もかわいいダーニング・マッシュルームは必需品ですよね。
『ものを大切にする国イギリスにおけるダーニングの歴史、そして「今」。その①』の記事で登場したヴィクトリア時代のイギリスには、すでにダーニング・マッシュルームは存在していたようですが、当時は卵型の「ダーニング・エッグ」の方が一般的だったようです。ダーニング・エッグは穴の開いたストッキングと靴下のお直し用の器具として、木製、陶磁器製、豪華なものでは象牙製のものもありました。

ダーニング・エッグは、イギリスだけでなく欧州およびアメリカで広く使われていました。ハンドルがついた形のダーニング・エッグも一般的であり、また手袋の修繕用にはエッグ部分が細い「グローブ・ダーナー」も当時から使われていたようです。

ダーニング・マッシュルームはイギリス式ダーニングに欠かせないものですが、ヨーロッパの別の国でもそうだったようです。ロンドンにある「帝国戦争博物館」に所蔵されているダーニング・マッシュルームは、1939年にチェコからイギリスに持ち込まれたものです(こちらの帝国戦争博物館の公式サイトから写真が見られます)。

第二次世界大戦時、ナチスドイツのユダヤ人虐殺から子供たちを守るため、たくさんのユダヤ人の子どもたちが「キンダー・トランスポート(子供の輸送)政策」でイギリスにやってきました。1924年チェコ生まれのドロテアさんはその時、ダーニング・マッシュルームを鞄に入れてイギリスにやってきました。この実話から、ダーニング・マッシュルームは100年前の東欧でも普通に使われていたものであり、当時からヨーロッパ各地に存在していたことがわかります。

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イギリスでダーニング文化が育った理由

第二次大戦中、人々が灯火管制の中で繕い物をしたエピソードは有名であり、戦後の物資不足の時期も大切な衣類を繕いながら使い続けてきました。しかし、イギリスでこんなにもダーニング文化が定着しているのは、「布類が貴重」「ものがない」時代があったからというだけではありません。イギリスは、ものを大切にする国です。これは、イギリスの人々がアンティーク好きということだけでなく、ものが有り余る現代においても、使えるものは何度でも直し、可能な限り使い続けるのはごく普通のことだからです。イギリス人は、よほどのことがない限りものを捨てない人々です。こうした土壌ゆえ、メンディングを含む「修理・修繕する」ということそのものを愛している人が多く、さまざまなものをお直しする様子を紹介するBBCの番組「The Repair Shop」は大変人気です。

世界がサステナブルを目指す社会に向かっている現在、新たな角度からダーニングが注目されています。単に修繕するだけではなく、本来捨てられるはずのものに新たな価値を与える「アップサイクル」の一手法としてダーニングに取り組んでいる人がたくさんいます。

環境問題は、子どもの時から徹底的にサステナブル教育を受けている若い世代の方が、意識が高い傾向にあります。そして、こうした若い世代が表現手段の1つとしてダーニングに取り組んでいます。穴の開いた箇所をわからないようにふせるのではなく、あえて繕った箇所を目立たせる「ビジブル・メンディング(Visible Mending)」が人気なのも、「人と違うこと(ユニークであること)」は良いこと(=「皆と同じではつまらない」)と考えるイギリスの国民性とマッチするものです。
ダーニングはコロナ禍で「お家時間」が増えた時期に一気に広まりましたが、「チクチク」と針を進める静かな時間の癒し効果に多くの人が気付いたことも愛好者を増やした理由でしょう。私自身、ダーニングをしている時間に癒されています。何も考えずに没頭することも、考え事をしながら針を進めることもありますが、ダーニング中は外界から遮断された「個の空間」にいるように感じるからです。この感覚が心地よくて、「何か繕うものはないかな?」と衣服や布物の破れ・ほつれを一生懸命探してしまうほどです。

「必要であったから」発達していったダーニングは、サステナブルの時代に「見せる(魅せる)もの」として変化を遂げています。動画やSNSでステッチの方法が簡単に検索できる現在、さらにダーニングのすそ野は広がっていくはずです。

刺繍をするのも大好きです。刺繍がしたくて仕事中そわそわすることもあるほど。この写真はトンボ柄を刺繍しているところですが、細かい部分をチクチク刺していくうちに絵が出来上がっていく過程が楽しいのです。

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PROFILE

宮田華子 Hanako Miyata

ライター&エッセイスト、iU情報経営イノベーション専門職大学・客員教授。
イギリス・ロンドン在住。2002年よりロンドンの製作会社に勤務し、テレビ番組の撮影や海外コンテンツセールス(映画、アニメ)に従事。2011年にライターとして独立し、主にカルチャー・社会・歴史について様々な日本メディアに執筆。築120年の家に暮らし、古い家と格闘する日々を送っている。趣味は手芸と読書。性根の入ったインドア派。

https://matka-cr.com/hanako-works

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