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ものを大切にする国イギリスにおけるダーニングの歴史、そして「今」。その①

日本でも「ダーニング」という言葉は手芸好きの間でよく知られています。針と糸を使い、かがって修繕するこの手法は、古のイギリスでも盛んに行われていたようです。イギリス滞在歴20年の手仕事好きライター宮田華子さんから記事が届きました。
text & photo: Hanako Miyata

手袋や靴下、セーターやパンツに穴が開いたり、擦り切れて薄くなった部分ができてしまった時、あなたならどうしますか?捨ててしまう人もいるでしょう。しかしミグラテール読者のように手仕事や手芸を愛する人であれば「お直し」することで、ものに新たな命を吹き込むことができることを知っているはずです。

日本でも、手芸愛好者の間では「ダーニング」という言葉が浸透して久しいですが、英語のダーニング(Darning)は直訳すると「糸でかがること」。布ものやニット製品の穴やほころびを繕うことを指す言葉です。基本的に針と糸があればできることで、ヨーロッパを中心に行われてきた伝統的な修繕方法です。特に、ものを捨てずに何度でも直して使い続ける習慣があるイギリスにおいて、ダーニングは数世紀に渡り受け継がれてきた歴史があります。イギリス式のダーニングは、共布(ともぬの)や共糸を使って修繕箇所がわからないように直す「かけはぎ(かけつぎ)」のような高度な技術を必要としません。シンプルな「かがり縫い」に加え、穴が開いた箇所にたて糸を渡し、よこ糸を通しながら織物のようにして穴を塞ぐ方法が一般的です。
イギリス式ダーニングをイメージする時、後者の印象が強いかもしれませんが、時代によって修繕箇所の見せ方や始末の仕方は変化しています。

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イギリスの「お直し」文化をひも解く

イギリスのダーニングの歴史をさかのぼってみると、現存する「お直しされた衣服」の古い例として、スコットランド国立博物館(National Museum of Scotland)が所蔵する、約300年前に存在した人物の衣服が有名です。 1951年に、シェットランド諸島ガニスターにある湿地帯で、1700年前後に死亡したと思われる男性の遺体が発見されました。「ガニスターマン」と名付けられたその人物のポケットには、骨のスプーンと毛糸の財布に入った3枚のコイン(スウェーデン硬貨1枚とオランダ硬貨2枚)が入っていたことから、貿易商だったと推測されています。彼のジャケットや手袋、靴下には何カ所も当て布(=パッチ(Patch)、パッチワークの「パッチ」です)で修繕された跡がありました。

Image © National Museums Scotland

イギリスには、お直しを意味する言葉としてダーニング以外に、「メンディング(Mending)」という言葉があります。どちらの言葉も「繕いもの」や「お直し」という意味で使われているのですが、メンディングは針と糸だけではなく当て布を使うパッチワークなど、幅広くお直し(修繕・補修)作業全般を指し、ダーニングは主に針と糸で行うメンディングの手法の1つという理解が一般的です。

「ガニスターマン」の衣服は、ていねいにメンディングされた跡が見られる貴重な資料ですが、スコットランドの博物館には他にも1733年にダーニングで修繕された女性のポケット(リネン製)も保存されています(こちらのスコットランド博物館の公式ブログから写真が見られます)。18世紀のイギリスの一般家庭において、すでにダーニングやメンディングなど、お直しをする習慣が浸透していたことがわかります。特に女性たちの技術として学び、受け継がれていたようです。また1800年代にハンナ・グリンドリーさんが私家版としてつくった「1838 年ハンナ・グリンドリー 1 級試験」という本が残っていることから、この時代に裁縫にまつわる何らかの検定試験(またはその概念)があったことが伺えます。

ヴィクトリア時代に花開いた裁縫文化

19世紀は、イギリスの裁縫文化が一気に花開いた時代でした。理由はいくつか考えられます。
第一に、1837年に即位したヴィクトリア女王の影響です。ヴィクトリア女王は、先代までの王室の乱れた風紀を一掃し、質実剛健、女性は貞淑(ていしゅく)な妻として家庭に入ることを良しとする「家庭像」を広めた人物でした。

iStock.com/Christine_Kohler

女王自身、夫婦仲睦まじく子だくさんな家庭を築きましたが、同時に大英帝国を繁栄に導いた働く女性でありリーダーでもありました。ヴィクトリア時代は女性の社会進出が進んだ時代で、こうした点と女王が好んだ貞淑な妻像には矛盾があります。しかし、特に中上流階級に属する裕福な女性は、使用人の采配を含む家政の担い手としての知識と教養が必要でした。そのため、料理や裁縫など、家庭で必要とされる技術が普及、発達したことも事実です。
そうはいっても、イギリスの場合「家庭を守ること」=「女性に教育が不要」という方向には進まなかったことは興味深く、その頃に推進された女子教育が市民レベルでの裁縫文化の発展に貢献しました。19世紀は女子の教育環境が整った時代であり、1870 年の教育法により、すべての人に学校教育が義務付けられました。編み物は女子教育のカリキュラムの一部となり、一般レベルで「手仕事」の技術が向上しました。
また当時、男女共にニット製のストッキングを履いていたため、「靴下編み」という仕事を担う女性が多かったことも裁縫文化に貢献しました。産業革命の功績もあり、ストッキングの多くは機械編みでしたが、手編みのものもありました。そして、破れやほつれを直す方法としてダーニングは必要とされる技術だったのです。

『ものを大切にする国イギリスにおけるダーニングの歴史、そして「今」。』記事はその②に続きます。

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PROFILE

宮田華子 Hanako Miyata

ライター&エッセイスト、iU情報経営イノベーション専門職大学・客員教授。
イギリス・ロンドン在住。2002年よりロンドンの製作会社に勤務し、テレビ番組の撮影や海外コンテンツセールス(映画、アニメ)に従事。2011年にライターとして独立し、主にカルチャー・社会・歴史について様々な日本メディアに執筆。築120年の家に暮らし、古い家と格闘する日々を送っている。趣味は手芸と読書。性根の入ったインドア派。

https://matka-cr.com/hanako-works

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