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「SUBARU」店主 溝口明子のラトビアの手仕事をめぐる旅 vol.20 ラトビアの伝統的な夏至祭(後編)

バルト海に面した緑豊かな国、ラトビアに伝わる手仕事の数々。今も昔も変わらない、素朴でやさしい温もりのある伝統的な技、そしてそれらを残し伝えていくベテラン職人、伝統を受け継ぎ新たな形を築く若手作家の作品など。雑貨屋「SUBARU」の店主・溝口明子さんが出会った、ラトビアの手仕事の現在(いま)を現地の写真と共にお届けします。
Text,photo:Akiko Mizoguchi

ヤーニスと焚火や会場の準備

並行して会場の準備も行います。会場を提供している家の主人は、ラトビアのフォークロアの世界で夏至祭を司る「ヤーニス」さんにあたり、宴に参加するゲストは、大人も子どもも、男性も女性もみんな「ヤーニスの子どもたち」と呼ばれます。敷地には菖蒲の葉で清めた白樺の門が立てられ、焚火の支度も行われます。日本の門松のように、この白樺の門で太陽をお迎えするとともに、「ヤーニスの子どもたち」もこの門をくぐって祭りにやってきます。夏至祭は、太陽を崇める「ヤーニス」と「ヤーニスの子どもたち」で行われるという構造なのです。

菖蒲で清められた白樺のゲート。
菖蒲で清められた白樺のゲート。

もちろんご馳走の用意もしますが、夏至祭の食卓で絶対に必要なものは2つだけ。チーズとビールです。キャラウェイシードが入った特別なチーズ、「Jāņu siers」(ヤーニュ・シエルス)もまた、太陽を象徴しています。

キャラウェイシードが入ったヤーニュ・シエルスは、夏至祭のための特別なチーズ。
大量に消費されるビール。
テーブルにはほかの料理も並びます。

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これらの準備が整ったら、色とりどりの民族衣装に身を包み、女性は花の冠を、ヤーニスさんは樫の葉の冠をかぶればお祭りの始まり、始まり。まず、ビールを一口飲んで、チーズを焚火にくべます。そのあとは焚火を囲み、歌って、踊って、飲んで、食べて翌朝まで過ごします。歌や踊りの音楽には、伝統的な民謡が用いられます。

民族衣装に花冠。準備万端です。

日の入りになると、一年で一番長かった太陽が沈むのを全員で見届け、同時に、高い位置へかがり火を灯します。かがり火は太陽の代わりを意味していて、高い位置にあればあるほどいいとされています。
夜が更けても焚火を囲みながら歌って踊り、宴は続きます。決して火を絶やしてはいけません。日の出の時間がくる前に、次の1年間の健康を祈願して焚火を飛び越えます。また、前年の夏至祭で使った冠を焚火に放り込んで燃やします。今年の冠は、夏至祭が終わったらお守りとして1年間家で飾り、翌年の夏至祭の焚火で燃やします。このようにして、冠作りは毎年繰り返されます。そして、新しい太陽が昇るのをみんなで見届けます。

一番長かった太陽が沈むのを見届けます。
日没と同時に、翌朝まで太陽の代わりになるかがり火に点火。
日が沈んでも、焚火を囲んでフォークダンスは続きます。
健康を願って焚火をジャンプ!
焚火とかがり火。昨年の冠はこの焚火で燃やす。
夜が更けても、宴は続きます。
日の出とともに、新しい朝がやってきました。

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夏至祭の占いや、言い伝え

太陽のエネルギーが最も強く、自然の力が最大になるこの日を、このようにして親しい人々と過ごすのがラトビアの伝統的な夏至祭です。夏至祭に関する民謡や歌は数え切れないほど伝わっていて、古来からラトビア人にとってどれだけ大切なお祭りであるのかがわかります。夏至祭にまつわる運勢占いや民間信仰も多く、その一例を紹介します。

・花冠を川の水面に投げ入れて、浮かんだままなら来年も健康で過ごせるが、沈めば要注意のサイン。
・男女で花冠を同時に水に投げ入れて、2つの冠が水面で触れ合ったら結婚の合図。
・花冠を樫の木に向かって放り投げて、枝に引っかかるまでに要する回数が、結婚できるまで待つ年数になる。
・最もエネルギーに満ちた神聖な夏至の朝露で清めると、女性は美しさを、男性は強さを得る。
・夏至の夜にだけ咲く幻のシダの花をカップルで発見できたら、願いごとが叶う。

日本の伝統行事と同じように、今では厳粛な気持ちで儀式的に夏至祭に臨むラトビア人はそう多くはありませんし、途中で眠ってしまう人が大半です。それでも、規模の大小はあれど、夏至祭休暇には田舎に向かい、花冠を作って焚火をたいて、気心が知れた人々と過ごすのが一般的であり、ラトビア人が最も盛大にお祝いする日に変わりはありません。

私が初めて夏至祭に参加したのは2011年6月のこと。ラトビアは穏やかな空気が流れる国ですが、先進国であり、友人たちは普段、都市部で私と変わらぬ生活を送っています。そんな友人たちが、夏至祭になると一転して仕事も日常生活の用事もすべてを忘れて、気の置けない仲間たちと時計の針など気にせずに自然の中で過ごしていて、強い感銘を受けました。有名な民謡では、「夏至の夜に眠ってはならない」「夏至の夜に眠るものは、夏の間眠ることになる」「夏至の夜に眠る男には、伴侶が見つからない」などと歌われていて、実際、小さな子どもたちも親から咎められることもなく、深夜まで松明を片手に走り回っていました。日暮れ頃に海辺に移動すると、どこまでも続く海岸線上に焚火の灯りが延々とポツポツ連なるのが見えて、「今のこの瞬間、ラトビア全土で誰もが同じような時間を過ごしているんだ!」と視界から理解でき、心が震えました。似たような毎日を送りながらも、こんなにも豊かな時間の過ごし方ができるラトビア人の神髄に触れ、ただ単に夏至祭というものを楽しむだけではなく、人生観が変わるほど自分の生き方を見つめ直す体験になりました。

海岸線に点在する焚火の灯り。

PROFILE

溝口明子 Akiko Mizoguchi

ラトビア雑貨専門店SUBARU店主、関西日本ラトビア協会常務理事、ラトビア伝統楽器クアクレ奏者
10年弱の公務員生活を経て、2009年に神戸市で開業。仕入れ先のラトビア共和国に魅せられて1年半現地で暮らし、ラトビア語や伝統文化、音楽を学ぶ。現在はラトビア雑貨専門店を営む一方で、ラトビアに関する講演、執筆、コーディネート、クアクレの演奏を行うなど活動は多岐に渡っている。
2017年に駐日ラトビア共和国大使より両国の関係促進への貢献に対する感謝状を拝受。ラトビア公式パンフレット最新版の文章を担当。著書に『持ち帰りたいラトビア』(誠文堂新光社)など。クアクレ奏者として2019年にラトビア大統領閣下の御前演奏を務め、オリンピック関連コンサートやラトビア日本友好100周年記念事業コンサートにも出演。神戸市須磨区にて実店舗を構えている。

http://www.subaru-zakka.com/

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