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第6回 ウズベキスタンの奥深いスザニの世界に触れて (前編)-姉妹が行く! 世界てくてく手仕事の旅

2024年春、姉妹で世界一周の旅に出た手仕事ライターの毛塚美希さんと、酒場文化が大好きな妹の瑛子さんの連載がスタート! 姉妹旅のテーマは①手仕事、②食文化と酒場、そして③囲碁交流…!? 地域に根ざした手仕事と食文化、ときどき囲碁にまつわる旅エッセイをお届けします。第6回は、手仕事ファンにとっては見逃せないウズベキスタンのスザニ刺繡についてです。
photo & text: Miki Kezuka & shimaitabi, edit: Hinako Ishioka

連載第6回目は、ウズベキスタンのスザニ刺繍について。

ウズベキスタンは中央アジアに位置し、国土の大半を砂漠が占め、かつてシルクロードで栄えた商人たちの活気が漂うエキゾチックでロマン溢れる国です。

今回は、首都のタシュケント、シルクロードの中心地であり青の都と呼ばれるサマルカンド、スザニで有名な街ウルグット、市場の活気溢れるブラハ、古都のヒヴァ、陶器や織物の盛んなリシタンと約3週間ウズベキスタンを旅しました。

青の都サマルカンドには美しい建築がたくさん並ぶ。
ブハラの中心地の様子。商人の活気で溢れており、この土地の交易の歴史を思わせる。

手芸好きにとってウズベキスタンの手仕事といったら、まず最初に挙がるのがスザニ刺繍。

スザニ刺繍を巡る中で、地域によるデザインの違いについて学んだり、それぞれの模様に込められた思いについて知ったり、心を震わせる圧巻の美しさのものを見つけたり、伝統とは何かを教えてくれたお母さんとのかけがえのない出会いなどがあり、忘れられない旅になりました。

今回はウズベキスタンのスザニ刺繍を前編と後編の2本の記事に分けて紹介します。数週間旅しただけでは、とても知り尽くせないほど奥深い世界が広がっており、知れば知るほど魅力の増すスザニ刺繍。みなさんにとって、この記事がスザニ刺繍の世界の入り口になれば幸いです。

スザニ刺繍の歴史と背景

スザニ刺繍は長い歴史があり、色使いやデザインには地域性があります。中には壁やベッドを飾るための大きな作品があったり、文化的な背景もあり、コレクターや手仕事ファンの心を掴んでいます。

ウルグットにあるグロムさんのご自宅の工房のスザニミュージアムにて。ヨーロッパのコレクターブームが起こり、おばあちゃんから受け継がれた大事な古いスザニを家計のために売りに出す人も多かったという。約200年前のスザニ。生地は綿とシルク、刺繍糸はシルクでできている。

8世紀ごろからサマルカンドやブハラはシルクロードの拠点として栄え、養蚕業が盛んになり、スザニ刺繍の原型がつくられたといわれています。そしてスザニ刺繍は家庭用の装飾品として発展していきます。

18世紀ごろからペルシャ文化の影響を受け、高度な技術と時間が制作に注ぎ込まれ、華やかなスザニが制作されるようになります。
20世紀ごろウズベキスタンはソ連の統治下に置かれ、スザニをはじめウズベキスタンの手仕事は衰退していきます。そして1991年にソ連から独立を回復した後に、スザニは国の文化遺産として再評価され国内外で人気を得ています。

機能面でもその風土ならではの特徴があります。ウズベキスタンの気候は乾燥しており夏は暑く冬は寒いため、土壁で造られた家の壁や窓を絹や綿でできた刺繍の布で覆うことで室内の湿度や温度を調整します。また、モチーフに込められた魔除けや幸運などの意味を持つスザニを家に飾ることで、家族の健康と繁栄を祈る役割もあります。

さまざまなスザニ刺繍の工房やお店を巡った中で、とくに印象的だった3つの工房を中心に前編で1つ、後編で2つご紹介します。

グロムさんのお店を訪ねて

1番印象に残ったのは、グロムさんのサマルカンドにあるお店と、そちらに並ぶスザニをつくっているウルグットにある彼のお母さんのご自宅兼工房です。後ほど知ったのですが、サマルカンドのスザニと言ったらここ、という名工房で、グロムさんのお母さんで8代目になるといいます。

サマルカンドの中心地にあるHandicraft Centerの中にあるショップでは、グロムさんの奥さまが実際に刺繍をしているところを見学したり、事前に連絡をすればワークショップに参加することができる。
針と糸だけで刺繍をする以外にも、台に貼った布にかぎ針を使って刺繍をしていく技法もある。

こちらで各地のスザニの特徴などを教えてもらいました。

サマルカンドやウルグットは中心に大きな花のデザインがあり、白黒などの色がメインで色数は少なく、タシュケントは布地全面に刺繍をされるものが多く、ブハラは細かくてカラフルかつ華やかであり、ゴールドの刺繍も発展していたりします。

タシュケントはたくさんのお花と全面の刺繍が特徴。
ブハラのART GALLERY RAKHMON TOSHEVのスザニ。動物や花などさまざまなモチーフがありカラフルで細かく華やか。

スザニ刺繍の模様でよく見られるザクロのデザインは、もともとアゼルバイジャンやアルベニアのもので、ウズベキスタンではここ10年と比較的最近のデザインであったりと、1つのデザインだけでも歴史や地域性がたくさん詰まっていることを実感します。
それを聞いたあとにお店の中や街中を歩くと、「あ、これはどこどこの地域のデザインだな」と分かるようになり、より楽しくなります。

ザクロのデザインは人気があり、街中でも1番よく見かけるものの1つ。ザクロは種の多さから子孫繁栄の象徴とされている。

グロムさんのお母さんのご自宅兼工房へ

後日、サマルカンドから車で約1時間の、ウルグットという村のご自宅の工房にも連れてきていただきました。

サマルカンドからウルグットに向かう道中。のどかな風景が広がる。

到着すると、広く開かれた中庭のある工房で、お母さんがちょうど自宅の窯でノンとよばれるウズベキスタンの丸く大きなパンを焼いているところでした。
お昼ご飯もご馳走になりましたが、料理はもちろん、このお母さんの作るノンが絶品。聞くと、ノンとスザニはウズベキスタンの女性のたしなみなんだとか。

スザニは伝統的な嫁入り道具であり、サマルカンドでは大きい順に、テーブルクロス、壁掛け、お祈り用のカーペット、棚を覆うもの、鏡を覆うもの、ベルト、と6つ用意したといいます。

モチーフと宗教文化の関係

さらに、ご自宅の一角にあるミュージアムでビンテージやアンティークなどの歴史のあるものや、昔からのデザインの変遷なども教えていただきました。

ご自宅の工房にある部屋の一角はスザニミュージアムになっており、歴史の詰まったスザニがたくさんで見応えがある。

ウズベキスタンはもともと火を信仰するゾロアスター教の支配下であり、太陽やアラジンのランプがモチーフとされていました。その後イスラム教が広がったことで、唯一神で偶像崇拝が禁止されたため、太陽は花へ、アラジンのランプはティーポットへとモチーフが再解釈されたという宗教的な歴史の変遷があります。スザニ刺繍の背景には興味深いお話がたくさんありました。

サマルカンドの代表的なデザインであるティーポットは、もともとはゾロアスター教のアラジンのランプが由来といわれているそう。

職人技とビジネス

実際に縫っているところを見せていただくと、いかにお母さんのスザニがびっちりと細かく縫ってあり丈夫かが分かります。ほつれにくく長持ちし、何年も何百年も受け継がれた時に、その価値がより発揮される技術にも感動しました。

お母さんの刺繍はとても細かい上に速く、長年培われてきた技術が詰まっている。

糸の染色も胡桃やアーモンドやザクロなどで草木染めをしており、何からどんな色が出せるか、何時間浸すか、何と何を混ぜるとどんな色になるかなど、染めの工程だけでも本格的に学ぶには3.4年は勉強しなければいけないそう。

例えば箱の中の糸は胡桃やアーモンドを使って染められている。

お母さんは3.4歳のころからスザニ刺繍に興味を持ち、その歳で初めてデザインを書いてみたんだとか。これまでスザニ刺繍を100人以上に教えたといいます。

技術的な話では、スザニ刺繍はベッドカバーサイズや壁用と完成形が大きいものが多く、複数枚を縫い合わせて作ります。質のいいスザニは同じ人が作るので継ぎ目がキレイですが、複数人が作った布を繋ぎ合わせているものは、色や形にずれが生じるといいます。

 よく見ると1つのスザニ刺繍の中に、いくつもの違った方法で刺繍されているのが分かる。

また、元はシルクや綿のみでしたが、中国産の安いビスコースなどの化繊、洗濯をすると色落ちしてしまうような化学染料で染めたものも多く出回っていたり、誇りと技術のある職人ではなく、ビジネスやお金のことばかりを考える商人も増えてしまっているそう。

グロムさんは「ガイドブックにはここが安い、としか書かれず、クオリティの違いや技術の話がなかったり、観光客も安価重視の人が多く、流行りのデザインの安い機械刺繍のものが増えていることが残念に思う」と話してくださいました。

こういう時に、手仕事ライターとして、技術や歴史や文化の背景の物語を伝えて、さまざまな人に知ってもらい、次の世代にも紡がれていく一助になったらうれしいと強く思います。

ウルグットにあるグロムさんのお母さんのご自宅兼工房の様子。歴史や文化、技術の詰まった心を惹きつける宝物のような作品がこうして日々作られている。

shimaitabi の食日記 ~ウズベキスタン編~

2024年9月14日 @ブハラ
食卓に欠かせない”ノン”

ウズベキスタンで思い出深いご飯の1つが”ノン”と呼ばれる丸いパン。本文でも登場しましたが、美しいスザニ刺繍ができることと、美味しいノンを焼けることはウズベキスタンの女性のたしなみといわれ、毎日の食卓に欠かせません。
ずっしりとした硬いパンで、素朴だけれどもどんなご飯とも相性抜群。タンディールと呼ばれる大きな石窯の内側に貼り付けて焼かれます。

どこのマーケットに行ってもノン屋さんがずらりと並び、道ではリヤカーでノンを販売するお母さんもたくさん見かけました。

空気を抜きながら模様をつけてくれるノン用のスタンプもあります。スタンプはお花柄をはじめ、さまざまな模様になるよう針が並んでおり、コロンとした木の持ち手でできていてとってもキュート。

もしまたウズベキスタンに行く機会があれば、ぜひお母さんの元でスザニと一緒にノン作りも弟子入りしたいと思ったのでした。


次回もお楽しみに!

INFORMATION

galereya of suzana in Handicraft center

住所:MX4H+G7Q, Samarqand, Samarqand viloyati, ウズベキスタン
電話番号(WhatsAppで連絡可)
+998907438242

PROFILE

世界一周 姉妹旅 毛塚美希・瑛子 Miki, Akiko Kezuka

その土地の暮らしと文化に触れるのが好きで、世界一周の旅に出た20代の姉妹。手仕事を中心にライティング、買い付けを行う。姉は元インテリアメーカー勤務、妹は元食品メーカー勤務。手仕事、食と酒場、囲碁をテーマに、自由きままに各地を巡る。

小さな村でホームステイ、工房巡りに、そのまま地元の人達と乾杯! そんな日々の暮らしに溶け込むその土地らしさを感じたままの温度でお届けします。

HP: https://sites.google.com/view/shimaitabi?usp=sharing

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