作家・編集者 林ことみさんのおすすめ『刺し子の研究』
私は手仕事関連の本の編集・企画と同時に主にニット本の著者として本を出版しています。子どもの頃からものづくりが好きで小学生の時には刺繍に凝っていました。中学生になってからはニットも覚え、教科書は『装苑』(文化出版局)でした。この雑誌には手作りの楽しいアイディアだけではなく、日本と海外の伝統手仕事の紹介もされていて毎号楽しみでした。今でもほとんど毎日、編み物や何かしら手仕事を楽しんで針を持たない日はありません。
Q
林さんのおすすめの本について聞かせてください。
『刺し子の研究』( 徳永幾久/衣生活研究会/1989年7月1日)
著者の徳永幾久(とくながきく)さんは山形県米沢出身で、この本を出版された時には山形県立米澤女子短期大学の名誉教授でした。彼女が生まれ育った東北は「みちのく」と呼ばれたように本当に都市文化から外れたところでした。彼女は「辺境だからこそ東北独自の文化が今なお残されているのではないか」、「そのような東北文化の再評価が必要ではないか」と考えました。山形県を中心に東北地方だけではなく日本各地、さらに海外も訪れ、東北独自の風土から生まれた文化があることを知りました。東北地方の縄文期の文化は高く評価されています。刺し子を中心とした服飾文化は縄文期からの精神文化を「内包しているのではないか」との観点からこの本が生まれました。
Q
この本のどんなところが心に残ったのでしょうか。
20年ほど前のこと、刺し子の展示会を見る機会があり、主催者のコレクターの方からこの本のことを聞きましたが手に入りませんでした。その後、刺し子の本を作ることになり、幸いにも資料としてこの本を手に入れることができました。じっくり読んでみると日本各地に色々な模様の刺し子が残されていて、それぞれの地域には違った風土や暮らし方があり、その土地だからこそ生まれた模様があることがわかりました。現在の刺し子はもっぱら装飾と捉えられていますが元来は貴重な布を補強して大切に使うという精神から生まれたことがわかり、暮らしを支えるための重要な仕事が女性たちの針仕事だったという話にも感慨を覚えました。
Q
現在のお仕事・ご活動、ものづくりにはどう繋がっていますか。
最近私が出版している本の大半はニットの本なので、刺し子の本が直接参考になるということはありません。しかし、残された刺し子の衣類を見ていると、「楽しく作ったのだろうな」とか「左右違うのはきっと気分が変わってもっといろいろ刺したくなったのかもしれない」とか、こうでなくてはいけないというところがなく、人々の自由な発想を感じることができて嬉しくなります。模様も身近なものから発想し、それを抽象化していることにも刺激を受けます。特に驚いたのは川の流れを模した刺し子と、ウニのいがの模様を表した刺し子です。普通の人たちが作った手仕事ですが柔軟な思考がなくては生まれなかったことを考えると、本作りに行き詰まった時にページを開くと自分の思考がリセットされます。
Q
最後に、手芸・手仕事・ものづくりの魅力はなんだと思いますか。
20年近く北欧の人々と一緒にニットを楽しんできました。北欧ニットは基本的に一般の人々が自分のため、家族のために編んだもので、それが伝統ニットとして残されています。日本では庶民が自分たちのために作ったものが刺し子ではないかと思っています。日々の暮らしの中で必要なものを作る、最初は必要だから仕方なく作り始めたとしても、作るからには美しいものにしたい、人と違うデザインにしたいなどの気持ちが生まれたのではないでしょうか。そして、できた時の達成感や、人に喜んでもらえた嬉しさはまた次の手仕事に繋がります。今の私たちの生活の中でもこの気持ちは同じで、自分の欲しいものや、必要なものが作れることこそが手仕事の魅力だと感じています。
PROFILE
林ことみ Kotomi Hayashi
子供の頃から刺繍やニットに親しみ、子供が生まれたことをきっかけに子供服のデザインを雑誌に発表。ソーイングの本の作り方ページを担当することで本の編集にたずさわる。子供服の手作り雑誌『手作りママキディ』の副編集長を勤め、その後フリーの編集者となって『まんがdeソーング』シリーズを始めソーングの本を中心に企画編集をしていたが、2000年に北欧で開催された第1回目のニッティングシンポジウムに参加したことをきっかけに北欧のニット作家の本『ヴィヴィアンの楽しいドミノ編み』(文化出版局)などを編集すると同時に北欧ニットを紹介する本『北欧ワンダーニット』『ビーズニッティング』(文化出版局)を出版。エストニアには何度も出かけ関連本『アヌ&アヌの動物ニット』(誠文堂新光社)他を出版。読み物本としては『手仕事礼讃』(誠文堂新光社)『北欧ニット旅』(日本ヴォーグ社)『林ことみの刺し子ノート』(筑摩書房)がある。