ニット作家 小瀬千枝さんのおすすめ『柚木沙弥郎 おじいちゃんと私』
柚木さんとの出会いは19歳の時
おすすめしたい本はいくつかあります。1冊めは、『柚木沙弥郎 おじいちゃんと私』(ブルーシープ刊)という本です。実は柚木さんと私は接点があります。19歳の時、「染め」を学ぼうと芹沢銈介先生の教室に行ったら、柚木沙弥郎さんが助手をされていました。このたび柚木さんが100歳になって本を出したと知り、すぐに入手。0歳から100歳まで年齢を追いながら、当時の写真とともに進んでいく、柚木さんの日常の記録がおもしろいのです。
その「染め」の教室の様子も、柚木さん30歳のページに写真で掲載されています(時代は昭和52年)。私は写ってはいないけれど、あの教室のことは今でも脳裏に浮かびます。
この本は、柚木さんの人間性が垣間見れてしまう楽しさと、1つのものに長年打ち込んだ人の素晴らしさを伝えてくれます。ものをつくる人は感性こそが何よりも大事なんだよ、というメッセージも感じました。
人生を変えたニット本
幼い頃から、父に「女性も今は、何か1つ手に技術を持つべきだ。それも一生もっていられるものを…」と言われて育てられました。柚木さんに習った「染め」は、残念ながら1年足らずでやめてしまいました。その後、私がニットを真剣にやりたいと思ったのは23歳の頃。手芸といえば当時はイタリアのローマが本場とされ、父にお願いして1人でローマに行かせてもらいました。
しばらくローマでニットを学んだある時、1冊のニット本を見つけたのです。その本はトンプソン夫人という方が書いたアランやガンジー編みのパターンブック『Patterns for Guernseys, Jerseys & Arans』(Dover Publications刊)で、その立体的な編み地のすばらしさに目が釘付けになりました。そして、いてもたってもいられなくなり、イギリスの大使館に連絡し日本人を介してアランニットの編み手、イニシュモア島のアニーさんを紹介してもらい、急遽、現地に押し掛けてしまいました。
ただ、アニーさんにはおみやげに縄編み針を持っていきましたが、返却されてしまい相手にされない始末。あまりに悔しかったので、ゲストハウスの小さなランプの灯ったトイレに居座り、縄編み針を使わずに棒針だけでアラン編みができる方法をなんとかひねり出し完成させたことを、今でもはっきり覚えています。
ニットは、1つの針と1本の糸があればいろいろな編み地、さらにいろいろな立体もできます。その表現の多様さ、自由さ…、これはすごいことだと思います。ニットに出会えて、本当に良かった。
秘められたニットの力を感じる1冊
最後に、コロナ禍の2020年に出版された本で、イタリア人ジャーナリストのロレッタ・ナポリオーニさんが書いた『The Power of Knitting』(TarcherPerigee刊)も、加えたいおすすめ本として挙げておきたいです。社会、経済、政治などのめまぐるしい変化の中、ニットにまつわる著者の体験を通して、また時に科学を根拠として、私たちの体と心を癒す力がニットにあることを力強く説いています。興味のある方はぜひ読んでみてください。
ジャーナリストがニットの魅力の解説。ニッターに限らず、幅広い人に読んでほしい。
PROFILE
小瀬千枝 Chie Kose
東京生まれ。(社)日本編物協会理事。ニットを中心にハンドクラフトを学んだ後、パターンやデザインの研究のためイタリアへ留学。その間にイギリス、北欧各地を訪ねて現地のニットに触れる機会を得て、以来ライフワークとなる。アトリエ「ハンドニット コセ」を主宰。『小瀬千枝のパターンワールド500』『こんな基礎編みの本が欲しかった!』(文化出版局刊)、『小瀬千枝の伝統ニット』(誠文堂新光社刊)、『アラン模様のセーター』(日本ヴォーグ社刊)など著書多数。