結城伸子の身近な自然素材から手づくり vol.1 羽根ペンをつくる
【無料メルマガ会員募集】編集部の独自コラム、会員限定のお得な情報をお届けします。
つくり始めたきっかけは“万年筆の購入”
「羽根ペン」と聞いて、皆さんはどんなイメージをされるでしょうか。
フェルメールの『手紙を書く女』、映画『ハリーポッター』の世界、傾斜台に向かい黙々と字を写す修道士の姿……。優雅で静謐(せいひつ)な雰囲気が漂う、ロマンを掻き立てられる羽根ペン。どこかで目にしたことはあるものの、実際に手に取った方は少ないかもしれません。
数年前、とあることがきっかけでつくり始めた羽根ペンですが、今ではいろんな種類の羽根からつくるようになり、標本ワークショップを開催する際は手づくりの羽根ペンとインクで字を書いてもらうという体験をしてもらっています。 やってみると実際に使ったことがないという方がほとんどですが、皆さん実に楽しそうです。もし羽根ペンが自分でつくれると知ったら、なんだかワクワクしませんか?
羽根ペンをつくろうと思ったのは、東京の書斎館で万年筆を買ったことがきっかけでした。
文房具は昔から好きだったものの万年筆にはまったく予備知識もなかったので、専門スタッフの方に丁寧にアドバイスをもらいながら初心者にも手頃な日本製の万年筆とオーソドックスなブルーブラックのインクを選びました。
帰宅後、万年筆のことをあれこれ調べていると“万年筆の原形は中世ヨーロッパで広く使われていた羽根ペン”だということ、そして世の中には“インク沼”という言葉があるということを初めて知りました。
本はすべて自然にあるものからつくられていた
手書きの世界ってなんだか奥深くておもしろそう! 心が動き出した瞬間です。そうなると源泉を辿る旅に出かけたくなり、どんどん脱線。やがて中世の写本について詳しく書かれた『写本の文化誌』(白水社、2017年)を手に取ることに。そこには、ペンは鳥の羽根から、インクは植物から、インク壺は水牛の角から、紙は羊の皮からつくられたと書かれていました。
“本はすべて自然にあるものからつくられていた”
昔はなんでも身近な自然の素材から手づくりしていたのは理解していたけれど、そのフレーズに、なんとも言えないときめきを覚えたのです。
そして「羽根ペンとインクをつくってみたい…!」という衝動に駆られたのでした。 昔からなんでもつくることが好きでしたし、古い時代の道具とかプリミティブなものに目がないので、こういう思考になるのは自然なことでした。
アナログな時間をまるごと愉しむ
現代に生きる私たちは、足を運ばずとも羽根ペンやインクはネットですぐに手に入れられるし、豊富なバリエーションから好みのものを見つけられることももちろんわかっています。しかし、つくることが好きな人は、材料から集めたり、つくる過程でいろんな発見をしたり、できた時の達成感を味わったり、そんなアナログな時間がまるごと好きなのです。
ちょうどフィールドワークで採取していた野鳥の羽根が手元にいくつかあったので、材料調達をしなくてもすぐに取りかかることができました。
人生初の羽根ペンは、信州の山で採取したフクロウの羽根からつくることに。ひときわ美しい模様、そして適度な大きさのフクロウの羽根は、ロマンティックな雰囲気の羽根ペンにぴったり。
羽根ペンの構造やつくり方は、海外のサイトを参考にしながら見よう見真似で慎重にカット、なんとかそれらしいものが完成しました。
インクにつけて試し書きしてみると、するするとなかなかいい書き心地です。蝋燭(ろうそく)を灯しながら書く時間に没入。これぞ愉悦のひととき。
今から思うと、羽根ペンに適した翼の外側部分の初列風切羽(しょれつかざきりばね)でもなく、軸(羽柄)を硬化させるべきところをできていないなど、いろいろ拙いものでしたが、それでも自分で採取した羽根を使ってひとりでつくり上げた達成感はとても大きいものでした。
遊びの延長に「つくる」がある
その後、さらにつくり方や歴史を紐解きながら、さまざまな種類の羽根ペンをつくる日々。気分はもう夏休みの自由研究です。
それまでフィールドワークで採取してきた野鳥の羽根は、ラベルをつけ「標本」としてファイリングして楽しんできましたが、「羽根ペンづくり」の楽しみが増えたことで、自分の中で鳥愛がますます大きくなり、鳥の名前や羽の構造、身近な鳥や渡り鳥のことなど少しずつ覚えていくものが増えていきました。ただ図鑑をめくって「ああ、きれいな鳥だな」と眺めていただけではなかなか頭に残らないもの。
やはり実物(標本)の力は素晴らしいです。
野に出かけ、探して、調べて、つくって、使ってみる。受動ではなく能動。おおげさに聞こえるかもしれませんが、自ら動いて得た体験は深い感動につながり、小さなことですが、日々の暮らしに彩りを与えてくれます。
宝探し気分で近寄って、触って、驚いて、観察したり慈しんだり。自然というものは予測がつかず思い通りにならないものだけれど、かつて子どもだった私たちは、そういう自然を相手に誰の目も気にせず自由に遊んできました。
そして、その遊びの延長には「つくる」という時間もたくさんありました。
大人になるとそういうことから少しずつ遠ざかってしまいますが、自然そのものだった子ども時代の気持ちで野に出かけ何かをつくってみるといろんな感情が湧き上がってくることに驚きます。 前置きが長くなりましたが、いくつかのポイントを押さえればそれほどハードルは高くない羽根ペンづくり。ぜひ皆さんも羽根ペンづくりの旅に出てみませんか?
<羽根ペンのつくり方>
おおまかなつくり方の流れは、次のようになります。
1. 羽根を採取
2. 羽根を洗浄
3. 軸の部分を一晩水に浸ける
4. 軸の部分を硬化させる
5. 羽毛の下の方を少し取り除き、ペン先になる部分をカットする
●用意するもの
羽根、砂、つけペン用のインク、カッター、ハサミ
1. まずは野に出て材料となる羽根の調達です。
「いやいや、いきなり外に出て羽根を見つけてきましょうだなんて、ハードルが高すぎるよ…」と戸惑う方も多いと思います。もちろん買ってきた羽根を使うこともできますが、せっかく中世の筆記用具をつくるのですから、アナログな時間を思いっきり楽しむということで、羽根の見つけ方からお伝えしますね
さて、鳥の羽根ってどうやって見つけるのでしょうか?
鳥は通常年に1~2回、古くなった羽が抜け落ち、新しい羽に生え変わる現象が起こります。これを「換羽(かんう)」といい、換羽期は繁殖が終わる夏〜秋頃と言われています。
場所は、公園や湖、海岸や山などで見つけられます。「羽根目」になって探してみると、ハトやカラスや水鳥など意外に落ちていることに気がつくと思います。採取した時に保管できる大きめの袋を持っていくのがおすすめです。
羽根ペンに適しているものは、ガチョウ、白鳥、カラスなど、軸がしっかりしている大型の鳥の羽根がいいとされていますが、他の鳥でもつくることができます。
大切なのは羽根の部位で、初列風切羽という翼のいちばん外側部分、軸がいちばん長い5本がもっともいいとされています。
なかなか都合よく見つかるものではありませんが、羽根のかたちに注目しながら探してみましょう。
2. 羽毛や軸の部分を中性洗剤とお湯できれいに洗います。羽毛は自然乾燥、またはドライヤーで乾かします。
3. 軸の部分を一晩水に浸け、その後乾燥させます。水に浸けることで柔軟なペンになります。
4. 抜けて間もない羽根の軸はやわらかいので硬化させる必要があります。これにより羽根ペンの耐久性が増します。
硬化させる方法は、加熱した砂の中に沈める、アイロンやストーブで加熱するなどいろんなやり方があるようです。
ちょっと手間はかかりますが、ここでは砂を使った古典的な方法を紹介します。砂は砂浜から採取してきた粒子の細かいものを使っていますが、販売されている砂でも代用できます。
耐熱容器に深さ2cmくらいになるように砂を入れ、180℃のオーブンに入れ20分ほど加熱します。
砂の温度は100℃くらいです。熱した砂に羽根の軸部分を沈め、30分ほど置きます。軸が半透明の黄色に変化するのが目安で、適度な硬さを感じるようになります。
5. ペンを持った時に羽毛が当たらないよう、羽毛の下の方を少しカットします。
軸の先をカットし、ペン先をつくっていきます。
羽根を裏返し、羽毛の付け根から2~3cmのところにカッターの刃を当て斜めにカットします。
軸はストローのように中が空洞になっています。軸の外側に膜、内側に筋のようなものがある場合は取り除きます。カットした部分をさらに左右をカットしていき2つ角をつくり、ペン先のかたちをつくり整えていきます。
もしカッターで整えるのが難しければ、よく切れるハサミを使います。ペンの先に万年筆のペン先のようなスリットを入れていきます。毛細管現象によってこのスリットからインクが吸い上げられます。
先端を少しカットし平らにします。
インクで試し書きをしながら、さらに好みの太さ細さにペン先を整えていきます。
*使い終わったら水の入った瓶でペン先を洗い、ティッシュでやさしく水分を拭き取ります。軸の内側は空洞でストローのような構造をしているので、最初のカットはストローを使って練習をしてみるのもいいかもしれません。
羽根ペンにはインク溜まりがないので、平面な机で書こうとすると、重力によってインクが滲んでくることがあります。
中世の修道院で使われていた傾斜台は、身体への負担を少なくすることだけではなく、羽根ペンからインクが落ちないように考えられたものでした。そんな遠い異国の知らない文化に想いを馳せながら、文字を書くのもよし、絵を描くのもよし。手書きの時間を存分に楽しんでください。
材料調達から完成まで道のりは少し長いですが、手仕事が大好きな人にとって、きっといろんな想像力が刺激される時間になると思います。