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『刺し子と暮らす』『連続模様で楽しむ かんたん刺しゅう』著者 刺繍作家・実乃莉(池田みのり)さん

刺繍作家とメーカー勤務という異なる2つの仕事をしている実乃莉さん。それぞれの活動をどのように両立させているのか、企業に勤めることで作家活動にどのような影響があるのか。そもそもなぜ刺繍を始めたのか、そしてこれからの作家活動について。日々の生活や活動記録を伺いました。
photo: Takashi Sakamoto / text: Hikaru Furuike
自宅のアトリエにて。

作家活動とメーカー勤務、二足の草鞋を履きこなす

刺繍作家として6年前から活動を行っている実乃莉さん。著書、共著は4冊を超え、日々刺繍や手芸の新しい考え方を提唱すべく活動を続けています。そんな実乃莉さん、じつは作家でありながら手芸メーカーに勤務する、二足の草鞋を履いた生活を送っています。

「作家活動を始める前は、ルシアンという下着や手芸用品のメーカーで会社員として働いていました。当時、知り合いの編集さんが出版社にいて、その人と話しているうちに「本をつくりませんか?」という話の流れになり、企画が進んでいきました。1冊目に出した『連続模様で楽しむ かんたん刺しゅう』という本です。著書を出すタイミングでいったん退社をしてフリーランスになりましたが、じつは現在もルシアンで働いているんです。日中はメーカーの仕事、それ以外の時間で作家として活動をしています」。
都内の事務所に出勤するべく、通勤列車に揺られる日もあるそう。
「ルシアンでは商品企画やデザイン業務を担当していて、平日はほとんど会社員のように働いています。在宅勤務が可能なので、リモートでの打ち合わせなどはアトリエで行っています。出社は週1~2回、A3出力やスキャンをする時、あとは宅急便の受け取りとか、物理的な作業が発生するタイミングで会社に行っています。ほとんど会社の一員ですね(笑)」。

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作家として活動をしつつ素材メーカーに勤め、手芸業界と作家の両方に軸を置く、不思議な立ち位置の実乃莉さん。昔から手作りが好きだったのかと思いきや、子どもの頃はそこまで得意ではなかったといいます。
「母親が少しばかりソーイングをやっていて、入園や卒業の時はお手製の服を着せてもらったりしました。手芸道具が身近にある環境ではありましたが、私自身は何かを作りたいとか、そこまで熱心だったわけではなく、一般的な子供が興味を持つ程度に人形の洋服をちょっと作ってみたりとか、そのくらいの熱量でした。手先が器用なタイプではなく、すごく上手というわけでもなかった。家庭科の成績は普通でしたね」。

そういいつつ、手を動かすことが好きで、何かをつくることに対し継続的に興味を持ち続けていたこともあり、高校卒業後は美術系の学部のある大学を選びます。学業と並行して手芸や物づくりも続けていたそうで、数ある物づくりの中から、自身の活動のベースに「刺繍」というジャンルを選んだのもこの時期でした。

作品に使う刺繍糸はほとんどがコスモの商品。ルシアンのキットの試作や検証をこの場所で行うことも。

数ある手芸の中から選んだ「刺繍」

「手芸にはニットやパッチワークなどいろいろなジャンルがありますよね。いろいろな手芸をやってるうちに、手芸の中の一つのジャンルを突き詰めたいと考えるようになりました。たしか22歳前後だったと思います。何にしようか考えた時、真っ先に刺繍が浮かびました。刺繍はとても多彩で、技法がたくさんあったり、世界中の国や地域、民族が独自の模様を持っていたり、いろいろな方向から突き詰めて取り組むことができそうな気がしたんです。例えばニットだと場所が寒い地域に限定されてしまいがちですが、刺繍は世界中にあるので間口が広い。つくることを続けていくうちに自分が飽きてしまったり、そのうちつくることに疲れてしまったとしても、つくるだけでない研究的な観点からアプローチができたり、飽きずに続けられるのではないかと考えました。けっこう意図的に選び取った感じです」。

大学卒業後、一般企業に就職してからも継続して手芸をしていたという実乃莉さん。なかでも刺繍への熱意は変わらないどころかより一層「かわいくて好きだな」と強く思うようになり、本格的に技術を習得するため刺繍教室へ通い始めます。

好きが高じて刺繍を仕事に

刺繍教室に行き始めて何年か経った時のこと。
ある日ふと「刺繍を仕事にしたい」と思い立ち、その足で書店へ向かいました。手芸書売り場に行き、並んでいた刺繍の本を出している出版社名を片っ端からメモして帰宅。当時そこまで普及していなかったインターネットでどうにか調べると、日本ヴォーグ社の編集アルバイト募集の記事を見つけます。
「すぐに応募しました。運よく採用してもらえることになり、それまで勤めていた会社を辞めて移りました。あの頃が行動力がすごかったですね(笑)。入社してからは、編集アシスタントのような立ち位置でステッチイデーの編集部に所属し、名物編集者の下で働き始めました」。

時代はアナログからデジタルに移行する過渡期。大容量データをメールで送る術もなかった時代だったため、仕事は手を動かして行うアナログ作業がほとんどでした。ポジを切ってポジ袋に入れたり、校正紙を切ったり、MOやフロッピーの整理、残ポジの管理など、雑務全般を覚えるところからスタートし、全力で自転車をこいで入稿材料をデザイナーの事務所に届けることも多々発生するなど、体を動かして仕事をすることが多かったといいます。
そのうち読者プレゼントや情報コーナーを担当するようになり、作家さんにお声掛けしたり、企画を一本考えたり、作品を提供してもらうなど本編の企画に携わるようになりました。
「書籍も作る部署だったので、たまに書籍づくりに関わることもありました」。

3年が経った頃、会社を辞める決断をします。
「少し前から次のステップへ進むことを考えていました。何をするか、具体的なことは決めていませんでしたが、区切りの良いタイミングがあり、ひとまず退社することにしたんです」。
次の就職先を見つけないまま、辞めることだけが決まっていた実乃莉さんですが、当時クライアントとして会社と付き合いのあったルシアンが人員を募集していることを上司が見つけ、先方との話をまとめて池田さんに持ってきてくれました。
「ルシアンさん、人を探していますか? ちょうどうちを辞める子がいるのでどうでしょうか、という感じで話を進めてくれていたようです。あれよあれよという間に条件がまとまり、次の就職先がルシアンに決まりました。本当に不思議なご縁ですよね」。

実乃莉さんのアトリエ。大きな窓から日光が入り、昼間はとても明るく暖かい。

ルシアンでは編集のような作業も担当することになったため、雑誌作りの経験がとても役に立ったそう。
「仕事内容が似ている部分もあり、入社後は比較的スムーズに仕事ができたことを覚えています。また、出版社は本をつくることがメインの仕事になりますが、メーカーではもう少し広い分野でさまざまなものづくりに関わることができるので、それがけっこう楽しかったですね。なにより、扱う自社商材が自分のものづくりのテーマである刺繍の関連商品であることも大きかったです。糸の開発といった商品開発は、なかなか出版社では経験できないことでしたので、結果的にとてもいい出会いだったと思います」。

そこから約15年、あっという間の日々を経て現在に至ります。
作家に転身した現在も、社員時代と同じ熱量で働きながら、企画や商品開発、キットや図案のデザイン、レシピづくりとその検証など、刺繍に関わるさまざまな仕事を続けています。得意でないけれど好きだった「つくること」に関わりながら過ごし、刺繍と出会って人生が変わった実乃莉さん。新たな出会いを繰り返しながら、これからも刺繍と向き合い続けます。

実乃莉さんの本棚。断捨離をかいくぐって手元に残した選りすぐりの本たち。

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PROFILE

実乃莉(池田みのり) Minori Ikeda

手芸関連の出版社で編集者として勤務した後、刺繍メーカーに勤務。刺繍キットや用品など、刺繍にまつわる商品の企画を担当している。メーカーで商品企画の仕事もしつつ、作家活動をしている。
著書に『連続模様で楽しむかんたん刺しゅう』(日本文芸社)、『刺し子と暮らす』(グラフィック社)、共著『さくさく進む 大きなマス目でクロスステッチ』(誠文堂新光社)などがある。

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